最澄の天台立宗と教学形成の連関について
伝教大師の行位解釈について−相似即位と円機己熟の関係を中心として−
『釈迦如来行跡頌』に見られる第四弾九天について
「次第禅門」に関する一考察
「即事而真」について
東密における蘇悉地-特にその伝承説について-
信証と台密
最澄撰「通六九証破比量文」について−最澄に見る湛然教学の影響−
「法華玄義」釈名章と吉蔵の法華経疏経題釈の比較−因果論を中心に−
観じている己心
行満の「涅槃経疏私記」について
通相三観について
上野国渋川談所について
「渓嵐拾葉集」における蘇悉地説の展開
天台智??の地獄観
順高の起信論本疏聴集記について−高山寺学派の実践形態−
伝教大師の得度・名籍制改革とその意義
智??と吉蔵の法華仏身論の対比
尊舜の学系について
書写山理教院談義所について
宗祖最澄伝についての諸相
最澄の経蔵整備についての一考察
叡山浄土教における来迎と往生
「円頓戒体色心事秘伝抄」について
「依憑天台集」について
台密復古学派・真流律師の三宗一致観
随自意・覚意・非行非坐について
写経のこころとその実践−継続は力なり−
仁空の三心釈について−天台に関する言説を巡って−
伝教大師受「道邃和尚伝道文」(延暦寺蔵重文)の真偽-裏書の検討-
蘇悉地経と関連経典における成就法一考察−特に円仁を中心として−
末法時代に音楽を
被接説と章安潅頂
無情仏性説形成に関する一考察
毘沙門堂流公海已講談「朱葉檀決」について
「九品往生義」についての研究動向
生命の尊さ−テレホン法話のテーマとして−
天台智??の維摩経理解−通相三観をめぐって−
『維摩経文疏』における仏土説について
「注維摩」における註釈形式の問題について
仏教による病院活動の現状
近世初期毘沙門堂相承の経緯について
叡山大師伝をめぐる二三の問題
越後路の木喰仏管見-梵字に焦点をあてて-
「真言所立三身問答」について
中世武士たちの権力構造からみた鎌倉
プトン所説“AMOGHAPASAKALPARAJA ”のマンダラ
叡山大師伝に見られる行満座主の語について
心洗われる檀信徒用勤行儀作成をめざして−寺報編集の現場から−
『維摩経文疏』における「平等」の語句の一考察
魚山聲明と真宗聲明との関連についての一考察
円仁と禅門宗
「多武峰少将物語」の天台
ブルーノ・ペッツオルト「天台教学の精髄」の現代的意義について−新しい哲学的神秘思想−
無情仏性説に関する一考察−特に湛然を中心として−
不可思議観と十二因縁観
安然と翠竹黄花論
ブルーノ・ペツォルト「ゲーテと大乗仏教」の一視点
チベット訳「維摩経」
体仮入空観の「理」について−「不生生」の句をめぐって−
四悉壇義についての考察−折仮入空観をめぐって−
四種三昧論
慈遍の神道説の一側面
共業をめぐる問題-唯識学派を中心に-
徒然草における無常観と止観的美意識
”PRALAYA”をめぐって
大般若祈祷と寺院復興
赤山法華院の現況等について
唐中期の居士−陸淳について−
幼少期から宗教的情操を高めるために−蓮乗院こども放生会開催−
<大鎧考>
新指定重文・延暦寺蔵「宗存版木活字」について
「天台電子仏典CD3」(天台CD3)の問題点
天台教相論に対する一視点
伝道の根本理念における伝教大師の精神
「等海口伝抄」法華深義について
瑜伽論における国王論
徃生要集の仏身仏土観
粟田口静明法印の系譜について
観音経研究ノート 3−観世音菩薩の化身について−
熊野修験再興
伝教大師の遺誡「不打童子」考
天台の四土説について
「首楞厳経玄義」から「首楞厳経文句」を見る
聖としての真盛上人
菩薩戒授受に関する一考察
最澄将来の湛然の伝記資料について
円頓戒の再受について
知礼と本覚思想
玄清法流の琵琶布教
伝教大師研究(「正篇」と「別巻」)編纂始末記
「阿弥陀経略記」に見る不退転−処不退を中心に−
観音経研究ノート 4−無尽意菩薩の供養について−
鶴林寺における天台教学資料について
真阿宗淵上人の法華経校合
京都八幡善法律寺について−とくに天台との交渉を中心として−
法命集について
最澄の時代観についての一考察
伝教大師の「弘仁三年遺言」について
法華経に於ける如来寿量義(NIRDESA)と有情の利行(ARTHA)について

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