無三宝処への道
近代日本にとってのエチオピア−昭和初期における経済的関心とヘルイ使節団来日を中心に−
自然必然性、先験的自由、実践的自由 上下-カント理論哲学から実践哲学へ
精神論としての「法聚論注」及その改訂版
仏教と日本文学の接点への一考察
斉周の道教像
分位縁起の正当性に関する「順正理論」の議論
入菩提行(BODHICARYAVATARA)の所説による寂天の著述の決定と、それに引説せられたる龍樹の著書に就いて-第5章105〜7偈の解釈
エリヤ随筆「除夜」について
「無気味なもの」としての自然−ゲーテの『魔王』について−
我が国に於ける寺院文庫の歴史的考察
宋拓薛少保書信行禅師碑について
浄土論に於ける自利利他の問題
清末の教育−洋務と教育
中国声明採譜集「寺院音楽」の歴史的意義と中国声明の旋律法−「香讃」を中心として-
大谷大学蔵四帖疏 仮名書観門義について
無始時来の界について
主権の構造
カタ・ウパニシャットに於けるヨーガ思想-ヨーガの起源について 1,
実存哲学における基本概念としての固体と人類-キルケゴールの思想を中心として-
大谷本廟沿革考
入中論の二諦説
十地思想の起源に関して−龍山章真著「梵文和訳十地経」を読みて
頓成の宗学大系(中)
日蓮上人御文の蒐集及び五帖御文編集に就いて(下)
開悟院講師の経蔵を訪ねて
後周世宗の廃仏考
阿摩羅識と阿頼耶識
信巻三信釈の教理的背景
元末帝師の事績
増益護摩
中観プラーサンギカの「弥勒請問章」受容−「レクシェーニンポ」II.222.132解読研究
三願転入と二願分開
現生十種益の研究−現実生活の指導原理
特殊社会学の研究
和泉式部の宗教的心情について
天台仏身観の主体的性格
戦後の独逸文学
宇治大納言 源隆国の「安養集」に就いて
親鸞聖人の否定道
室町時代における高野聖の世俗的活動
日系人教育意識の世代間相違について−ハワイ州における面接調査より
カントにおける「無関心」
安恵造中辺分別論注釈障品第二の梵本(一)
梵文大乗荘厳経論にあらわれたる三性説管見−求法品(DHARMAPARYESTY-ADHIKARAH)を中心に−
顕証寺蓮淳とその書状−大小一揆研究序説
梵蔵阿弥陀経の発願・廻向の批評に就いて
中期ウパニシャッド及びバガバッド・ギーターに於けるヨーガ思想-ヨーガの起源について 2
神秘経験と信仰意識
児童の宗教意識発達に関する実験的研究−主として就学前期及び低学年児童に就いて−
ゲーテの「ファウスト」に於ける「討論の場」について
新資料「天狗物語」と「平家物語」との関係(後)
不退転地への入門−大無量寿経についての一試論
親鸞と危機意識−宗教的主体の形成
SOURCES OF AUTHORITY IN BUDDHISM AND BUDDHIST SCHOLASHIP
暴力と真宗におけるその克服
真宗学匠拾遺
大日本国粟散王聖徳太子奉讃に就いて
唐北京石壁寺伝奥考
「御文」の文体
現代日本の漢字規格
真宗の神祇観
二種の涅槃界について
真宗学の本義
ディルタイ教育学の立場
羅什−法雲時代の仏性説
児童養護施設に求められる新たな役割−虐待への対応について−
尊王論より民権論に至る忠義観念の展開
聖提婆に帰せられたる中観論書(完結)−智心髄集の餘、及びその他の小著
自由の為の計画と知的エリートの問題
蓮如上人「御文」の文章−文章史の観点から
主体の社会的関係が外界認知に及ぼす影響−2者間の会話分析を手がかりとして−
廻心を記録せる阿含の一経と中論にあらわれたる有無の見の批評 1,2
真宗精神の構造
アージーヴィカについて
「信仰」を意味する諸原理−BHAKTI,SRADDHA,PRASADA
鳩摩羅什の法華経観−阿羅漢作仏説を中心にして
誓願酬報−「教行信証」「真仏土巻」を中心に
一百十四首太子和讃考
頓成の宗学体系(下)
平家物語に於ける人間像−宗盛を中心として
社会変容のなかでの子供の社会化−中国・上海の事例
五帖御文撰定より開版までについて
宋代以後の浄土教と善導
曇鸞大師の二種法身説
華厳という語について
白居易壮年期と道教
ラトナヴリーの内容概観
理想と現実とを結ぶもの
住相廻向・還相廻向文類について−三経往生文類に関連せしめて
蒲原有明の仏教詩について−「有明集」まで
大乗への回心−法華経・維摩経を読んで
シャンカラ教学に於ける仏教的要素
二諦説と三性説−行の立場と知の立場
ウラーン史の著作年時
「今」の世界
有と無の相破と相成の意義−賢首法蔵の視点
ラカン理論における欲望とシニフィアン−欲望のグラフについて−
三性説と唯識無境−「中辺分別論」と「摂大乗論」−
”日本遊泳連名”の組織と活動

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