士族民権家の動向−木呂子退蔵と北海道−
星野長太郎と前期直輸立法制定運動史
帝国大学入学の優先順位の導入−学力水準を確保する仕組みの転換と学習院高等学科卒業者−
明治歴史教育についての覚書−明治四十四年改正の「中学校教授要目」をめぐって−
山村研究の成立過程における動向−山村生活調査(1934〜1936)と地理学研究−
後背農村空間における農業の地域的展開−赤城山東麓黒保根村の場合
ムラの内部における水利の組織と秩序-群馬県月夜野町後閑の事例から-
房総の潅漑水利をめぐって(第1報)−房総の潅漑用風車を手がかりに−
伊勢神宮領寛御厨をめぐる二、三の問題
中世後期伊勢神宮に於ける穢と不浄
ある下級幕臣の「伊勢参宮記」
大江親通の巡礼記二題
内膳司の竈神について
弥彦神社と居多神社−中世越後国一宮制の構造と特質−
国文学に現れたる空海
日本史関係研究・史料情報の蓄積方法についての一考察
生活史研究における史料と方法
寺院史料の特性と史料誌の提唱
近世名主文書の保管引継形態について−上州を事例とした類型検出の試み−
徳川斉昭の欧米地理歴史知識
郷土史家論の試み−鳥取県民俗学形成史−
下毛野氏に関する基礎的考察
下毛野氏に関する基礎的考察
保元・平治期の政治動向-美濃源氏の源氏保・光宗の活動を中心に-
中世資料からみた古代氏族−群馬県富岡市高尾所在の仁治の碑を中心に
頼朝権力の遺産−上野国における頼朝入国伝承−
相論開始期の菅浦をめぐって−永仁期における惣有地の存在の再検討を中心に−
「関東幕注文」と上野武士団
中世末石見銀山の歴史地理学的研究
旗本坂本氏の上州領文書について
文献にあらわれた墓地−平安時代の京都を中心として−
石田詰将棋軍配
連句集
あの世
櫛の俗信と巫女−民俗学から見た古墳の副葬品−
鎮魂の聖−阿弥陀聖−
稲虫送りと斎藤実盛
盂蘭盆会と無縁仏
施餓鬼と施食
筑波山の歌垣と神祖の尊の巡行のこと
「祖」の意味について
祖先祭祀と氏神祭祀−氏神の祖神化の問題−
平氏の氏神について
ムラの文化−滋賀県志賀町−
兵庫県出石郡出石町奥小野の年中行事・生産暦
神戸市西区押部谷町の年中行事
西宮市高木の年中行事
西宮市神呪の年中行事
摂津市の年中行事・生産暦
藤井寺市の年中行事
寺院本末争論と裁定基準−上野国龍華院と相模国清源院の争論を例に−
菜根譚
中世山村における神と仏−近江国葛川明王院領について−
八天石蔵が物語る結界−「聖の住所」勝尾寺の山論
「当山歴代」にみる中世の須磨寺
高尾と栂尾
湖西の荘園と杣山−摂関家領河上荘など−
仏師弁忠と塩小路櫛笥の地
院政期熊野詣とその周辺
熊野詣と京の熊野社−後白河院と今熊野
平安貴族の社寺参詣
私の古道遍歴
平戸島志々伎山のこと
御嶽信仰の成り立ち
御嶽信仰の世界
御嶽信仰の広がり
御嶽信仰の今
御嶽山に登ろう
余の神道研究と国体私観
神宮と国体
神宮に関する史蹟概要
皇道社会及皇道経済
卜部神道と尊皇思想
神社建築に就いて
儒学に於ける礼の本質
我国家の儀礼と皇道
国民作法
他界観−東方浄土から西方浄土へ−
雨宝童子像三躯について
石清水八幡宮社僧松花堂乗と京都所司代・淀城主・長岡城主の往来
中世の伎楽面−春日大社蔵
敷田年治と官故
神宮祭祀と内親王
祝詞・宣命慣用句考
日本の天地開闢説
西田長男君の死を悼む
西田博士の人と学問を追想して
茫々西田さんのこと
回想
西田博士の想い出
西田長男博士を偲んで
西田先生と私
西田博士追想
西田先生の思い出
西田長太郎先生の歌
古事記に結ばれて
追懐
父の思い出
わたくしの半生
武士団の成長

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