インドの暦の研究(2)
インド運動論の原典翻訳(2)
初期ラーガ・ディヤーナについて
YASOMITRA著 SPHUTARTHAにおける仏教語の文法的解釈(1)
大乗涅槃経の女性観
蔵漢対訳「虚空蔵菩薩経」
かの時代の遺産
ドイツのカトリックの世界像、時代意識並びに政治理論における欠陥
ヴァイマル−宗教と世界観の空白地帯−
ヴァイマル共和国の小説としてのトーマス・マンの「魔の山」
米と祖先崇拝
ヴァイマル共和国の社会階級と宗教
ドイツ青年運動の宗教観
最も危機の瞬間−ヴァイマル末期のプロテスタント神学の状況について
マリア・ラーハの運動−政治的カトリックについて−
民族主義的運動の宗教意識について
「新異教徒」と全体主義-ヴァイマル共和国末期における民族主義の宗教-
「緑」と「褐色」の狭間に-第一次世界大戦の民族イデオロギーと郷土運動ー
行基
菩提道の慈父
西先生と大倉精神文化研究所
大乗は師資相承に依る釈尊の真説
最澄から円仁へ
平安朝文学における習俗語
法然における学の体系と実践の体系
法然門下の初期の系譜資料
親鸞の宗教と文化
道元と良寛
修験道における宗教文化
「九暦」にみられる法会と修法について
日本の仏教宗派の分布動向
「大阿弥陀経」および「平等覚経」の翻訳に関する考察
忠誠心とコミットメント
道教における斎法の成立
ケイ康の音楽論
宗密「原人論」と唐代の宗教文化
敦煌出土「大目乾冥間救母変文」校勘訳注(1)
敦煌出土「大目乾冥間救母変文」校勘訳注(1)
「臨済録」に見る「真正の見解」とその構造
「律蔵」の諸特性とインド文化
阿毘達磨大毘婆娑論における菩薩行
チャイタニアの宗教と「名号」論
INTRODUCTION TO TIBETAM BSDUS GRWALOGIC
新宗教の大衆自立思想と権威主義−昭和期の教団を中心に−
近代日本の天皇制国家と天理教団−その集団的自立性の形成過程をめぐって−
死んだと思うて欲を放して神を助けてくれ−金光教における教団論の形成と宗教伝統の革新−
女性と自立と新宗教-修養団捧誠会「東京ミセス」の場合-
新宗教における「カリスマ的教祖」と「カリスマ的組織」−真如苑と創価学会を比較して−
聖俗理論とハレ・ケ・ケガレ-M・ウェーバーの救済理論を通して
宗教的情操とトランスパーソナル心理学 悟りと救いへの志向
ニューエイジにおける「救い」 シャーリー・マクレーンの場合
悟りへの道 シュッツ流の分析
日本宗教史における世俗的過程
浄土教における救済の論理−易往而無人・念仏相続・自然法爾
ターミナルケアと仏教
分派教団における救済の論理−天理教系教団の場合
浮舟の救いをめぐって
「蜻蛉日記」にみられる救い
橋田邦彦における医の学・術・道 生理学と「正法眼蔵」の出会い
救済集団の法的基礎
西義雄先生を偲んで
西義雄先生を追悼する
追悼・西義雄先生
西義雄先生の存在
西先生の学風を仰ぐ
西義雄先生と早稲田大学
南島論−家族・親族・国家の論理
南島の継承祭儀について−〈沖縄〉と〈日本〉の根柢を結ぶもの
家族・親族・共同体・国家-日本〜南島〜アジア視点からの考察
共同体の起源についての註
新興宗教について
天皇(制)論の難しさ
触れられた死
告別−姉の死など・母の死
告別
告別
告別
告別
インタビュー前後(2)
日本人はなぜ南瓜を恐れたか−「聖としての食」理論と「俗としての食」理論−
聖と俗のドラマトルギー−古代における−
鈴木正三の聖俗一致説
イギリス・ルネサンス期の聖書劇-「俗」化時代の「聖」なる演劇-
「アントニーとクレオパトラ」-ウイリアム・シェイクスピア-
17世紀フランス古典劇における「聖」と「俗」-ピエール・コルネーユの悲劇「ポリウクト」をめぐって-
聖と俗の交わり−西洋文明の生と死−
文明と宗教−フロイトの「ある幻影の未来」−
宗教教団と自立
西義雄先生を偲ぶ
日本における宗教と政治
日本古代国家形成理念と大乗仏教−聖徳太子から東大寺建立への過程における−
日本近代化における宗教と国家
西田幾多郎における歴史と国家
政治と宗教
教会と国家とフィリピン・ナショナリズム
イスラエル史から見た教会と国家
アウグスティヌスにおける宗教と国家
プロテスタンティズムと国家
アメリカの宗教−伝統の中の宗教右翼
アメリカ建国とキリスト教

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