嗜癖者(特にアルコール中毒者)の衝動構造
斎藤昭俊教授略年譜・著作目録・論文執筆等目録
行基の宗教活動
善鸞と初期真宗教団
釈迦念仏小考
成長の家と心理療法的救いの思想
修験道における正統と異端
英彦山修験道における神仏分離の受容と抵抗
修験道と巫女−佐渡の修験道所属巫女を中心に
宮座における結集原理
川原寺と豊浦寺
白山の海神信仰
善宝寺信仰とシャーマニズム
霊能カリスマの一形態−その川流しについて
日本人の霊魂観
編者「まえがき」
アブラハムとアビレク−創世記二十章における罪と罰の観念
南インドのブータの祭儀に見る神威の顕れとその伝達
後期大乗経典の四仏説
『経集』における菩薩の魔事
唐代密教に於ける菩提心戒授戒儀について
『道枢』黄帝問篇について
瑜伽行派の見た「文化」の位相 『瑜伽師地論菩薩地』真実義品の場合
ヴィマラミトラの伝承
涼州の仏教
隆寛と證空 深心釈をめぐる諸問題
弘法大師の密教経典観
「心を師とせざれ」と「心は師となる」
貞慶の魔界意識をめぐって
中世から古代へ 中世説話集、冒頭説話の意味するもの
次男坊の解脱 『暗夜行路』論
宗教教育の理念
『僧尼ゲツ海』を読む
十五世紀北インドの宗教詩における逆説表現
マクベス 悪の世界
コウルリッジにおける宗教と文学 青年期の思想と文学
カナダ文学とカルヴィニズム
宗教倫理と現世
職業としての学問
最澄の学生教育
弘法大師の教育理念
「メタフォリカル神学」とサクラメント シンボルとメタファー
インドにおけることばの神聖観
anorexiaと食/不食の神秘的象徴論
宗教文学と救いの問題
植民地時代の宗教
道諦論の一考察
宗教的確信の形成 護持院隆光の場合
周誉珠琳と智恩院の復興
明王解穢呪の宗教民俗性 ウスサマ信仰の人間差別解放への道筋
専修念仏宗における指導者の変容−「選択集」製作を通してみた−
羽州霊場山寺の歴史 山寺(宝珠山立石寺)
山形県における「菅谷不動」の信仰と伝播
戸隠鬼女伝説と別所北向観音 「紅葉狩考」序説
辻札のある境界
一遍の踊り念仏 『一遍聖絵』を中心にして
心の頑なさと神の戒律−律法はなぜ荒野で与えられたか−
哲学と科学
新教の生命観
万有循環
文化と自然
人間生活について
一体思想について
教祖と宗教的指導者崇拝の研究課題
ヴェーバー社会学におけるカリスマ論の位置
自己受容化とカリスマの成熟−円応教教祖深田千代子の場合
現代新宗教におけるカリスマ−高橋信次とGLAに関する一考察
救済体験と宗教的権威の形成-ウェスレーとメソディズムの場合
分派教団における教祖の形成過程−妙智会教団の場合
教祖のドラマトゥルギー−カリスマの制度化と継承
信者の意識から見た仏教運動の創始者−大日本仏教救世軍と真田増丸
蒙古襲来期における仏教系新宗教運動とその宗教
蒙古襲来期における仏教系新宗教運動とその宗教
中世の宗教運動とその創始者−特に伊勢神道発生に留意して
シュタムラーにおける唯物史観の「克服」
「宗教社会学論文集」序言
プロテスタンティズムの教派と資本主義の精神
「世界宗教の経済論理」序説
宗教的現世拒否の段階と方向の論理
アジア的宗教の一般的性格
諌暁八幡抄
専修念仏宗における指導者像の変容−『選択集』製作を通してみた−
科学と宗教
新しい宗教心の昂揚
現実と神秘
知識と信仰
対話と弁証法
不確定性原理について
相補性原理について
新教こそ二十一世紀の宗教
宗教と社会保険
時の窓
教育と信教の自由−宗教教育の限界−
戦後における教育
教育のあり方−家永裁判によせて−
無形の不安
自衛力は違憲か
「もったいない」精神
資源と人間
公共の福祉と自由

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