門跡寺院誕生
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比叡山のこころ
最澄と現代
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叡山の浄土思想
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千日回峰行
延暦寺の歴史
日本大乗仏教の発祥の霊山
伝教大師の生涯と思想
日本天台の源流
比叡山の教学
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比叡山の行
比叡山の諸堂と霊跡
天台の門跡
布教と宗学−一隅を照らす運動を中心として−
宗祖伝教大師の遺されたもの
伝教大師と現代
教育者伝教大師
円仁と三鴨駅
入唐求法以前の円仁
下野国の慈覚大師円仁ゆかりの史跡
入唐求法の僧、円仁
円仁がみた長安
円仁と会昌の廃仏
円仁入唐求法の目的について
円仁の足跡と唐代の交通路
円仁と遣唐使・留学生
『入唐求法巡礼行記』の伝来
円仁と在唐新羅人
円仁が目にした唐人の群像−九世紀の東アジア−
円仁と恵萼−二人の入唐僧が見た転換期の東アジア−
円仁が請来した曼荼羅
古代東国の寺院と仏教−道忠教団と初期天台宗−
東夷の遠酋
前九年の役
清衡の制覇
中尊寺建立
金色の御堂
基衡の抬頭
舎利塚由来
秀衡と義経
一字金輪仏
比叡山延暦寺の年中行事
照于一隅考−教学は布教に追随すべきものか−
宗祖における国宝の意義−その時代背景の一端にさぐる−
川勝賢亮博士『「照于一隅」の新研究』に対する私見
「千里を照らす」が正しい−中国仏教協会の回答をめぐって−
照千一隅試論−牛場先生へのお答えに代えて−
照千一隅と超八醍醐−日本思想体系「最澄」を読みて−
一天台末徒の「照千一隅」論
福井康順博士の「照于一隅説」についての駁議
「照千一隅」余録−完全復刻「天台法華宗年分縁起」の紹介をかねて−
理念の統一が必要−「一隅運動」に寄せる−
福井康順氏の指摘する最澄の誤字について
文化講座 一隅を照らす 付:「一隅を照らす」は最澄の言葉ではない(「毎日新聞」2000.8.1)
伝教大師の大戒建立運動に就ての一試論−行基仏教との関連性及び独自性−
「顕戒論」の書誌学的一考察
天台宗伝道布教史の一断面−安居院流唱導書の一、二について−
「伝述一心戒文」の対校−良祐筆・恵心院本を中心として−
徳円阿闍梨附法文
山家本法華経裏書所引の古辞書
山家板法華経の読誦法について
西来寺と真阿上人
宗淵上人の学問と精神
北野学僧 宗淵上人の学徳を偲びて
慈覚大師奉讃の意義
入唐前の慈覚大師
慈覚大師と密教
大戒論を拝読して
慈覚大師の浄土門
慈覚大師の悉曇学
慈覚大師の入唐巡礼
入唐求法巡礼行記について
引声阿弥陀経に関する諸問題
照于一隅か照千一隅か−一末徒の素朴な疑念−
照千の一隅 此れ則ち国宝なり−「照于一隅か照千一隅か」再論−
照千一隅
現代天台宗布教における問題点−特に「一隅を照らす」について−
照于一隅説に関する疑問−福井博士のご所見を中心として−
『やはり「一隅を照らす」が正しい』は果たして正しいか−野口教授への回答に寄せて−
照千・照于論争の問題点
「照千一隅」の論拠私見−天台末徒の立場より−
山家学生式私釈−宗団布教との関わりにおいて−
『授決集』の一考察−「華厳円教兼歴別決」について−
智証大師円珍における根本立場の展開
円珍真筆本の発見−聖護院所蔵『三部曼荼』について
智証大師法華論記にみえる仏身観
円珍請来目録と録外について
智証大師についての二題

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