大乗院尋尊と中世都市堺
戦国期における山名氏権力と守護代
守護細川氏と北摂津の国人−今西家文書の再検討−
「大乗院寺社雑事記」に見る興福寺寺門領播磨国三个庄
興福寺の河川交通支配−河上五ヶ関中心として−
摂津国吹田寺内町の復原的研究
「大乗院寺社雑事記」「文正記」に見る長禄・寛正の内証
「大乗院寺社雑事記」の医師達−上池院民部卿胤祐と松井法眼−
「大乗院寺社雑事記」に見る薪猿楽関連資料の検討
文献資料にみる「風流」の成立と変遷
生成期における「たて花−十五世紀中期の「花」と連歌の一様相−」
南都綱所について
足利義材側近の公家、葉室光忠とその時代
長禄・寛正期の畠山氏の内訌−古記録と物語、それぞれのあり方−
和泉守護所の位置を探る
大和宇陀郡国人の動向−秋山・沢氏を中心に−
解脱上人の信仰世界
忍向・信海の思想
忍向・信海の勤皇運動
忍向・信海の最後
近藤正慎のこと
忍向・信海の勤皇思想特色
清水寺所蔵文書
法縁寺院所蔵史料
遺稿・遺墨・遺作
「落葉塵芬集」
「詠草」
「詠草百首」
蔵海上人遺稿
忍向遺墨
「大乗院寺社雑事記」の史跡
中世後期畿内国人層の動向と家臣団編成−大和国古市氏を中心に−
室町・戦国期大和国東山内北部の政治構造−狭川・簀川氏の動向を中心に−
中世後期の若党に関する一考察−大和国を中心として−
国人古市氏の馬借・関支配について−南山城を中心として−
大和国「国民」越智家栄の動向について−身分制の観点から−
東播守護代別所則治の権力形成過程について
稚児愛満丸二十八年の生涯
中世猿楽者の存在形態
「大乗院寺社雑事記」に見る連歌興業 1〜3−康正3(1457)〜文明9(1477)
中世都市奈良の近世的変容
一条家領摂津国福原荘に関する一考察
室町・戦後期の大乗院領河口・坪江庄
「大乗院寺社雑事記」に見る中世奈良の諸職人
法隆寺建築論の沿革附論文年表
芸術史上飛鳥時代といふ名称に就きて
平子君の法隆寺非再建論を駁して其の単に妄想に過ぎざるを明らかにす
最近の法隆寺非再建論を評す
法隆寺の古建築は果して推古式か
法隆寺五重塔心柱下の空洞
法隆寺に関する最近調査の結果に就きて
斑鳩宮と斑鳩寺とに関する雑考
法隆寺五重塔に関する幾多の疑問
其の後の法隆寺問題−特に会津八一君の新研究に就きて−
法隆寺再建非再建論の回顧
法隆寺講堂の謎
宝物調査から得た法隆寺再建論
足立博士の法隆寺新非再建論
石田茂作君の「法隆寺問題批判」を読みて−序ながら足立康博士の考慮を煩はす−
法隆寺再建の弁
今の法隆寺伽藍は焼失後の再建−足立博士の法隆寺新非再建論に対して
見損なって居た故関野博士と法隆寺二寺説
緒言
清水寺の勤皇的性格
成就院と一山の制度
忍向・信海の俗姓
出家と修学
蔵海上人の感化
忍向の風格
玄奘三蔵と慈恩大師に就て
地蔵菩薩考
空華抄
法隆寺国宝保存工事に就て
国宝大治古写慈恩伝に就て
高田の聖徳太子奉讃
一意識計余談
聖徳太子仏教の源流に就て
聖徳太子御憲法玄恵註抄 第二条
法隆寺国宝保存工事に就て
成唯識論古本奥書集成
成唯識論本文異本対校表
法相宗教理の概観
慈恩撰疏年代考
慈恩大師浄土録
慈恩大師伝記文集
慈恩大師の御遺蹟
成唯識論導註の異同に就て
法隆寺勧学院年表
飛鳥時代雑観
法隆寺建築年代論の回顧
関野・平子二氏の法隆寺非再建論を駁す
法隆寺再建非再建論に関する審判判決書写
法隆寺の罹災を立証して一部の芸術史家の研究方法を疑ふ
磐梯山信仰と慧日寺
恵日寺の諸問題
勝常寺
勝常寺薬師三尊像・木彫群
伝徳一開創・関係寺院
奈良時代の瑜伽唯識学派について
「守護国界章」における唐沙門法宝の仏性論

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