密教の聖者空海
空海伝のブランク
空海と最澄の交際について
伝教大師と弘法大師
沙門空海
弘法大師の生涯
虚空蔵求聞持法の体験
大師伝説の思想
空海再発掘
少年真魚
対談 密教の世界
弘法大師の書
空海の風景
信仰講話
中世醍醐寺の修法と教相
南北朝の動乱と醍醐寺−主に報恩院隆舜を通して−
三宝院門跡と「修験道之管領」
醍醐寺三宝院満済・義賢と南都
日本文明史上に於ける弘法大師
弘法大師求法の熱心を欽仰す
文学上に於ける弘法大師
印度密教と弘法大師の真言
弘法大師と文芸
大師の時代
弘法大師
弘法大師が唱へられたる新仏教
哲学上より観たる弘法大師
弘法大師の人生観
弘法大師を偲ふ
弘法大師に関する誤解に就いて
大師の霊格
弘法大師の入唐
美術史上の弘法大師
高祖の御入定説に就て
加藤氏の『高祖の御入定説に就て』を読む
弘法大師の自証三昧
弘法大師の教学について
世界文学より見たる弘法大師
弘法大師と風水思想
遊山慕仙詩とその思想的背景
弘法大師における法と道
創建とあゆみ
山家学則
仏教と絵画の荘厳
伽藍のすがた
紫式部と「源氏物語」
聖教の伝承
永久元年の真言宗阿闍梨と東寺定額僧
年行事と案文−中世前期東寺における文書管理−
公文快実とその文書
土地範疇と地頭領主権
地下請小考
東寺領近江三村庄とその代官
周防国美和荘兼行方の年貢収取について
新見荘祐清殺害事件の真相
備中国新見荘における代官新見国経期の公用京進と商人の活動
室町期東寺の寺院運営に関する夫役と膝下所領
中世後期における村の惣中と庄屋・政所−山城国上野荘の場合−
葛野大堰と今井用水−地域史への試み−
六波羅探題における「内問答」と「言口法師」
観応の擾乱以降の下文施行システム−尊氏・義詮下文施行状を中心として−
室町期越中国・備中国の荘郷と領主
戦国期西播磨における地域権力の展開−龍野赤松氏の動向を中心に−
東寺宝蔵の文書の伝来と現状−御道具唐櫃の文書を中心に−
「東寺長者補任」の類型とその性格
「延文四年記」記主考
醍醐寺文化財の伝承・保存の心
文化財を譲る心の育成
醍醐寺の文化財−聖教奥書の情報−
醍醐寺文書から読み解く中世の社会
醍醐寺文化財統合システムの機能と課題
『報物集』に見る報恩院憲深
近世における高尾山信仰-信仰形態の概観と信仰圏
近世の開帳に関する一考察-「高尾山薬王院文書」にみられる開帳記事を中心として-
江戸における高尾山薬王院信徒の実相について
高尾山信仰の興隆期と薬王院の動向
高尾山薬王院の談林再興と報恩講について
近世寺院における門末秩序と地域の論理
高尾山薬王院と大覚寺門跡-地方寺院の門跡寺院院室兼帯の一事例
高尾山薬王院領成立過程と朱印状交付について
高尾山薬王院と紀州藩-薬王院の書簡と由緒書を中心に-
寺院文書にみられる近世民事訴訟の実態-高尾山薬王院文書を中心に-
古代山林寺院研究と山科安祥寺
近江京・平安京と山科−安祥寺成立の歴史的背景−
太皇太后藤原順子の後山階陵−安祥寺成立の歴史的背景−
平安京周辺の山林寺院と安祥寺−安祥寺成立の歴史的背景−
平安京周辺の山林寺院と安祥寺−安祥寺成立の歴史的背景−
安祥寺開祖恵運の渡海−九世紀の東アジア交流−,−安祥寺成立の歴史的背景−
宮廷女性の仏教信仰−御願寺建立の史的意義−,−安祥寺成立の歴史的背景−
安祥寺伽藍の復原−安祥寺文物の世界−
「安祥寺資財帳」の成立−安祥寺文物の世界−
安祥寺と当土刀禰−安祥寺文物の世界−
安祥寺の仏教彫刻をめぐる諸問題−創建期彫像の国際性と新奇性の問題を中心にして−
唐時代の石灯籠−中国から見た安祥寺蟠龍石柱−,
観音信仰と巡礼の寺
お大師さまに学ぶ
真言声明慈業系大進上人流の展開
大元帥明王図像雑攷
醍醐寺霊宝館の木造五大明王像
日本中世の寺院における文書・帳簿群の保管と機能

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