台湾統治五十年の歴史
一等船客から引き揚げ船まで−大連航路−
荒れる玄海灘−関釜連絡船−
思い出の初航海−台湾航路−
心中
皇太子御成婚と報道合戦
「東京オリンピック」私の使命は勝つことのみ
「東京オリンピック」青い空に描いた五つの輪
「東京オリンピック」負けるような練習はしていません
「東京オリンピック」私を奮起させた女子バレーの優勝
「東京オリンピック」聖火を守り続けた一五日日間
「東京オリンピック」男子の厳しい入村制限
「東京オリンピック」初のマラソン完全テレビ中継
証言 凄まじい地震の爪跡
証言 「黙々栄作」を貫いた人
証言 爆風で飛ばされた父の死
証言 人質の身を支えてくれた腕時計
三島事件とその直前
「万国博」のプランナーとして 「大きいことがいいことだ」の頂点
東大紛争を回想して 忌まわしい第二の青春体験
大量消費時代のPR 五秒スポットから外タレブームまで
証言 平常心で最長不倒距離
証言 一三八時間の長い帰路
証言 充満した煙、泣き叫ぶ子ら
石油ショックと狂乱物価 そのとき無力の市民たちは
証言 紙吹雪のように舞うガラス片
外交文書にみる占領初期対日政策
シベリア抑留記 猛吹雪の仲で一度は死んだ私
証言 飢えと絶望を超えた優勝カップ
帝銀・下山事件のこと
焦土によみがえる文学
証言 栄養失調で毎日死ぬ人を見て
御巡幸供奉
実態調査の想い出
証言 初体験の「民主主義」
証言 傍聴席から見た父の姿
証言 血に染まった皇居前広場
証言 もう一つの調印式の意味
ワンマン宰相吉田茂
証言 調整ミス無念の銀メダル
「老兵は死なず」から「一億総白痴化」まで
民放ラジオ、テレビの誕生を契機に
乗船名簿とある記者の回想
証言 嵐が去って「くつ塚」が
証言 悲痛!狙撃の瞬間
高度成長政策の登場したころ
証言 鉄棒で二連勝無上の喜び
証言 生徒たちの苦痛の声が
安保闘争は何であったか−血と怒号の一九六〇年−
流行
知らされなかった東南海大地震
証言 敗けたくやしさがこみあげ、ひたすら泣く
証言 北海道の空の下で
証言 病室に起こった驚くべき変化
証言 長期楽観論と明日の不安と
証言 神風が吹くと信じて
証言 終わってホッと偽らざる気持ち
証言 水上特別攻撃隊員として
証言 私をかえたもの
証言 水曜日。晴天。大東亜戦争終結
証言 あの灯は生涯忘れない
証言 私には八月十五日はない
証言 明けても暮れても胸中にあったものは
証言 照りつける夏の陽と蝉しぐれ
証言 横山さーん戦争は終わったよ
証言 野球人にしかわからない血の騒ぎ
証言 あれでよかった
証言 敗戦の実感
終戦の報道とその回想−今日も明日も筆をとる−
敗戦の使者としてマニラに飛ぶ
証言 婦女子救出のため再び嫩江へ
戦争と残虐
犬小屋のエノケン
明るき哉地下住宅
中国古文書と内藤湖南先生
ある中学生の日記 勤労奉仕、豆粕飯のころ
連合艦隊の最期 ミッドウェー海戦から大和特攻まで
改造事件・泊事件・横浜事件のころ 言論弾圧の谷間の中で
東條内閣の崩壊−暗殺計画もあった−
零戦から紫電改まで
証言 腕の中で餓死したわが子
証言 われら地獄の亡者なり
証言 十一歳で見た地獄
証言 後に続くを信ず
わが心の中の特攻隊員
特攻兵器のプロフィール
音なき攻撃「ふ」号作戦
証言 火焔地獄に身を焼かれて
証言 あのときは生き地獄でした
証言 熱風が妹を巻き上げた
証言 ひと握りの白い骨
証言 大閃光 湧き上がるキノコ雲
証言 長崎原爆の炎の中で
証言 もう一遍やってみようか
証言私の八月十五日
証言 イモ三貫匁の夏
証言 焼いても焼いても減らない書類
証言 父が残してくれた最後の言葉
証言 香港攻略 70日間1100キロの快進撃
日米開戦をどう受けとめたか 震えが止まらなかった

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