杲宝の禅宗批判について
正法眼蔵と即非の論理
「正法眼蔵一顆明珠」の解釈
蘭山正隆伝について
『正法眼蔵』における無情説法について
『摩訶止観伊賀抄』について
過ぎ去らない時−道元とロシア−「有時」の巻へのアプローチ
永平寺住持制度に関する一考察-出世・瑞世の問題を中心に
明州における禅寺と禅僧−宋元を中心として
正法眼蔵の表現技法−「行持」の巻のイメージを中心に
正法眼蔵坐禅箴について
生死の巻は何を語っているのか−冒頭の二偈の対句的表現を読み解く−
初期江戸宗学の一考察−偏正五位よりみた天桂和尚の地位
『正法眼蔵随聞記』の資料的性格
道元禅師の老梅樹−ラードリ=ザトゥロフスキ−教授に答える
金沢文庫保管『六祖壇経』について
御遺言記録の構成について
伝道元禅師「尽未来際不離吉祥山示衆」と伝明全筆「伝授師資相承偈」について
自未得度先渡他の坐禅について−「大悲為先誓度一切衆生の坐禅」と「祇管打坐」−
仏教とは何か
永平寺と面山和尚−三十九世承天則地禅師との関係
興聖寺時代における懐奘禅師の行実
『典座教訓』に見られる苔と倭椹について
「御仕置伺」に於ける僧侶
高麗版『不思議和尚帰寂訣』
禅の実践原理「四摂法」について
懐奘忌並びに懐奘禅師像(序)
行仏威儀について
正法眼蔵聞書抄に関する一考察−特に同時成道と悉皆成仏をめぐって
「正法眼蔵」における「法華経」の受容と展開の一側面
禅と善悪思想
大慈寺の檀那河尻氏について
『正法眼蔵』における山河大地について
延寿の真心と妄心について
和辻哲学と道元禅 1
道元禅師と天台学に関する一考察−「法華玄義」等を手懸かりとして−
『正法眼蔵』に見られる在家・女人の成仏非成仏について
正法眼蔵自証三昧について
宗典中の「旃陀羅」に対する現代語訳や注記の問題について
道元禅師における般若-聖トマスとの比較-
「舎利相伝記」と道元禅師の荼毘
大悲経五巻
道元禅師と釈尊の霊蹟
「諸法実相」に関する一考察−特に道元禅師師資と天台教学をめぐって−
正法への問い(三)
大般若理趣分研究(二)
正法眼蔵のなかの仏祖
正法眼蔵全巻の四諦論に基く分類について
正法眼蔵における有と時(四)
道元禅師の授記思想をめぐって
道元禅師外伝「血脈度霊」逸話考−血脈授与による救済と性差別
五十年前にあった荼毘塔をめぐる異論−
正法寺本弁道話
道元禅師の『般若心経』解釈
東隆眞氏との往復書簡
永平寺三代相論私考
道元禅師「絵伝」台本考−広島県三原市香積寺所蔵本を中心に−
『正法眼蔵』と慧忠国師のことばについて−佗心通を中心として
正法眼蔵御再治における変容の性格−後心不可得巻と心不可得・他心通の場合を中心として
『正法眼蔵』における仏性について
新曲「平和祈念御和讃」に関する一考察
道元に擬せられる著作について 1−「梅華嗣書」「仮名見性」を中心に−
金剛般若経の心について
『林間録』に関する一仮説−正法眼蔵との関連において
玄透開版正法眼蔵について
三教一致をめぐる道元と如浄の立場
木下道正について−「惟房公記」 登場の地下人道正から
「仏祖正伝菩薩戒作法」と永平寺蔵「嗣書」図について
道元禅師の業報観 6−相続転変差別について−
正法眼蔵における自然観の四諦論的な展開について
正法眼蔵法華転法華の転について
曹洞宗における「寺族」の語について
青蓮院吉水蔵新出資料「出家・受戒作法」について−十六条戒との関連−
只管のみちびき
公案と只管打坐
眼処の聞声
最乗寺蔵「最乗禅寺輪董牒」について
大修行巻と深信因果巻−異類中行説をめぐって
伝光録における庶民の立場について
初期曹洞宗教団に見る戒儀の受容 4−「教授戒文」について−
原坦山の思想について
『正法眼蔵』の見と成について
正法眼蔵の罫礙
正法眼蔵の基礎としての実在論について
道元禅師の在家者に対する説示について
仏性抄INDEX作成の試み(カナの部)
伝光録第六祖章における「桃花翠竹」について
道元禅師「絵伝」考-長野県松巌寺所蔵掛幅を中心に-
「教授戒文」の展開−「無所得・無所悟」を中心にして−
道元禅師の無我説解釈−その独自性を中心にして−
明和六年写本『童問日用集』
正法眼蔵における法華経の見方
「典座教訓」における宗旨の参究−教化学的視点からの試み−
仏像 その風土的特性
道元禅師の臨済批判について
「信心銘拈提」の思想について−瑩山禅師新選の可能性をめぐって−
道元禅師と瑩山禅師とに関する一考察−両祖一体なる思想史的源流序説
道元禅師における自利利他の論理構造と冥合の論理
正法眼蔵「三時業」研究
道元禅師の三昧と聖ボナヴェントゥラの観想

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