雲崗石窟と河西石窟群について-河西石窟群の造営年代を中心に-
玉宝寺蔵「眞歇和尚拈古抄(仮題)」について-大智の新出資料として-
坐禅と意識
「宝蔵論」題名攷
道元禅師の臨済義玄観
正法眼蔵における声聞行
『正法眼蔵』の成立(二)−「発無上心」と「発菩提心」の巻について
江戸期五位史(二)−卍山道白の五位思想
坐禅用心記とその引用文献・外
再び代語・再吟について
南陽恵忠の龍興寺時代について
梁高僧伝の疑点
曹洞禅者と嵩山少林寺
能忍没後の達磨宗
『宗範』について−明末清初僧諍覚書(三)
尊経閣文庫蔵『臨済録抄』について
瞎道本光の五位説について−「曹山解釈洞山五位顕訣鈔」について−
元代洞門の公案集「通玄青州二百問」
瑩山禅師の尽未来置文について
滋賀県洞寿院文書について
身心脱落と脱落身心
刈谷市立刈谷図書館蔵『指月印禅師語録』について
『臨済録』とその注釈書(末疏)の見解について−「名」をめぐって
ピヤン・トンガの石窟群の仏教美術遺跡調査記
斧山玄?cの参学について 5−「正法眼蔵聞解」における「正法眼蔵」各巻大意の把握−
『正法眼蔵』における「声聞」の語について
「正法眼蔵」における三界唯心の解明
伝光録における曹洞禅と臨済禅
天桂伝尊の著作について
近世後期から江戸初頭の曹洞宗における日本神話および聖徳太子伝理解−「先代旧事本紀大成経」の影響を中心に−
偏正五位異説の源流
萬安英種考
如浄禅師再考
道元禅と本覚法門に関する一考察−『天台伝南岳心要』をめぐる諸問題
総持寺祖院蔵の「独立要件記録」と水野霊牛
正法眼蔵即心是仏について−正法眼蔵における心の研究の一環として
永平広録の引用に関する一考察−止観弘決をめぐって
近代尼僧史の研究 1−傘松尼学林に関する資料調査の報告−
随聞記の思想とその内容
「般若心経止啼銭」参究
新出の荷沢神会塔銘について
江南禅林の期待と道元の活路
近代曹洞宗における道元禅師像−歌舞伎「道元と時頼」をめぐって−
洞山法門形成の背景
州庵遺稿について−太玄僧参和尚覚書
永興寺について
臨終の迎え方について−「正法眼蔵随聞記」の事例を手がかりとして−
正法眼蔵における生死について
『円応中興了然大和尚法語』
道元禅師の立宗と比叡山山僧の動揺
新出の禅林寺本『瑩山清規』について
現代社会における達磨の受容について
「伝光録」の本則の一典拠について
弧雲懐奘禅師伝について
『正法眼蔵』の「示衆」について
遊行と安居についての一考察
寒巌派の永平寺出世問題について
『御抄』成立の時代的背景
元朝における曹洞三派の交渉−北地曹洞・宏智派・永平下
修行と他者
中国初期禅観時代における「坐」の形態
月舟宗胡と透関未(本)徹−三河竜渓院の輪住について
輪王寺蔵正法眼蔵
『瑩山清規』と道元禅
宗学について−洞門寺院住職としての覚え書き−
独庵玄光と天桂伝尊の嗣法観
『正法眼蔵』と『無知の雲』の研究比較
『北宋五方便』と神会
松崎天神縁起絵と防府天満宮
カトリック神学をモデルにした宗乗のカテゴリー化に関する一試論
太祖の代授観
『弁註』の引用について(四)
道元禅師における言葉と仏法
禅と天台−智旭の場合
荷沢神会の頓悟思想−竺道生との比較について−
禅の論理
明治期永平寺後堂大島天珠和尚伝
正法眼蔵の解読における「御抄」の意味について
「弁道話」の解釈 1〜3,
永光寺創立の意義とその伽藍について
諸尊法
道元僧団の社会的性格(一)−永平寺住侶制規の資料的検討
道元による「法華経」授記の解釈
道元禅師と嗣法上の問題
礼拝の意義について−道元禅を中心として
「宗旨」の学について
道元禅師と「洞源和尚」−宮沢賢治の、知られざる曹洞禅的開眼
招宝七郎大権修理菩薩について
「弁道話」の読み方
空手還郷
『正法眼蔵』理解の視点
道元禅師とクザーヌスの信について
道元禅師に於ける究尽の意味
高祖道元禅師伝研究−戒牒に関する問題
近世村落社会における修験と曹洞宗寺院(続)−飢饉時における両者の対応
諸嶽山版瑩山用心記不能語再版と阿川断泥和尚
『宝慶記』と十二巻『正法眼蔵』−特に「深信因果」巻について
天桂伝尊の研究
現代に仰ぐ瑩山禅師
冥資の世界の展開−正法眼蔵嗣書の巻参究

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