表現の問題−西田哲学と田辺哲学を介して−
鈴木正三の念仏禅
仏教学の学び方
「弁邪正説」訓注 下
「事」への超越−滝沢克己氏の問いに対して
玄奘三蔵の唯識観経と「般若波羅蜜多心経」の流伝について
僧を改めて徳士と為す−北宋徽宗時代の仏法受難−
『楞伽経』の「自心現」と『慧可語録』
白隠慧鶴における洞上五位の一考察
レニングラード所蔵敦煌漢文書
「掣風掣顛」蠡則
泉涌寺と南宋仏教の人的交流
正法眼蔵・仏性巻私釈 上
禅への心理学の関わりについて 2−「プシコロギア」と佐藤幸治−
京都高田寺薬師如来像と藤原実方の歌
部派仏教の心性本浄説について
竺道生の頓悟義について
漢蔵和五訳対照「維摩経」菩薩行品-有尽と無尽と言われる法の贈別章
禅学関係雑誌論文目録 1984,1985,1991
馬祖の伝記
資料紹介『禅林諸祖伝』所収、「開山行実記」・「妙心禅寺記」−流布本『正法山六祖伝』「関山慧玄」章・「妙心禅寺記」との対照を通して−
「東坡禅喜集」について
春屋妙葩再論
修道作仏は皆な是れ継縛なり-「究竟大悲経」の解脱観-
清規研究の問題点−南禅寺関係の清規紹介を兼ねて−
禅に於ける宗教と文化の関係−「転」の宗教と「幽」の文化の相即−
元朝における中峰明本とその道俗
「善の研究」における論理と宗教
本崇「法界観門通玄記」について−華厳復興期の教観并修論を中心として−
二十九説考 2
費隠通容の臨済禅とその挫折−木陳道ビンとの対立を巡って−
「唯一無想義」について 敦煌発見のチベット語テキストの校訂と和訳
鎌倉期禅僧の葬送と霊骨器−建長寺塔頭からの発見事例を通して
鎌倉時代における夫婦観の諸相−夫婦二世観成立の一側面をめぐって−
無諍の論理−「仏教における戦争体験」 6−
慧林性機年譜稿
終身
大峡秀榮独語訳「ZEN」と洞上五位偏正口訣
道元の戒律観と「没後作僧」
慧洪「石門文学碑」の文学世界
記念展観「日本の近代化と仏教」によせて−日本仏教学会二〇一二年度学術大会記念レポート−
祖師禅の源流−老安の碑文を手がかりとして−
本末関係の考察−社会学的一二の問題に就て−
禅と日本文化の将来
論理と体験の問題−西田哲学を中心として−
栄西の仏教思想について
楞伽経管見
一山一寧撰「頼賢の碑」と松島瑞巌寺−御島妙覚庵の観鏡房頼賢の事跡をめぐって−
THE STONE GARDEN
宗教哲学の課題をめぐって
初期妙心寺の世代とその住持位次
真宗と禅宗の間-「浄土真宗百通切紙」をめぐる諸問題
東嶺禅師の行願思想と「願力ノ弁」
語録の言葉と文体
老子に於ける道の認識の問題
禅一般と禅堂教育の近代化
「六祖壇経」と華厳思想-敦煌本「六祖壇経」の無相戒の思想と華厳の性起思想-
集団健実性の問題
明代南蔵本「古尊宿語録」について
近世中国に於ける居士仏教に就いて
禅語録を読むための基本語彙 初稿,続
達磨宗の展開について
王陽明仏刹巡歴年譜会要 1〜3
出家思想の社会倫理学的考察
如来の深い思い
「禅苑清規」尊宿遷化の研究 1-葬前-,
利休の遺偈に就いて
東沢瀉「禅海翻瀾」(訳注) 上下
宗教の真理性の問題と「法」について
宗教的理念
今津文庫蔵「法金剛院雑記」所収「禅爾和尚涼燠伝草案」
譚嗣同の仁学に就いて 1,2
西田における回心の論理と事例
「南宗定邪正五更伝」に於ける頓悟思想とその文学的表現
黎明期の安南仏教
荷沢神会の人と思想
古林清茂とその主なる門下
石頭の宗枝
BECOMING ONE AND BEING WITHOUT SELF:THE PRACTICE OF SAMADHI & DHYANA IN ZEN BUDDHISM
宗教的方法の問題 序説
金剛幢下竺仙梵僊の渡来
研究対象としての仏教−言葉及び概念からの離脱−
古湲禅師試頌及び以呂波囮をめぐって
関山国師の新研究
三玄三要に就て
足利義持の禅宗信仰に就て
敦煌本六祖壇経の心偈について
五山に投影したる中国文化−特に思想に就いて−
祖師禅に於ける「祖」字の概念について
波即海−イェーガー虚雲老師のキリスト教神秘主義と禅−
支那精神 1,
臨済録に関する新見解−臨済録札記抄(1)−
普照禅師と道元禅師について 1,
禅僧と「怪異」−虎関師錬と『元亨釈書』の成立−
臨済録の成立に関する書誌学的考察(1)−
「清浄」の意味について-ウパニシャッドから初期如来系経典まで-
臨済録の成立に関する書誌学的考察(1)−
電算処理による禅文献研究-その方法的模索-
「臨済正宗」に就いて
「蒲室集抄」について-「蒲根」「蒲ゲツ」を中心として-

成田山仏教図書館蔵書目録総合リンク集へ戻る
成田山仏教図書館トップページへ戻る