釈尊と空海−大師信仰の成立根拠−
法華経信仰の系譜−「身施」に生きた人−
浄土教思想論
日本の禅の特質
新宗教と現世救済思想−創価学会の仏教革新−
漢訳仏典と漢字文化圏−翻訳文化論
国家による仏教統制の過程−中国を中心に
大乗仏教の実践
法顕−十四年余のインド求法の大旅行−
玄奘三蔵と大唐西域記
達磨はなぜ東へ行ったか
仏教伝来・東洋篇「関連年表」
東アジア仏教の仏陀観
九体阿弥陀堂
東アジア仏教の修道論−禅定思想の形式と展開−
東アジア仏教の教団
東アジア的思惟と仏教−民衆の信仰に見る−
ベトナムの仏教−徐道行と仏跡山天福寺を中心として−
敦煌の社会と仏教−九・十世紀の莫高窟と三所禅窟と敦煌仏教教団−
仏教と道教の交流
チベットの仏教と東アジアの仏教
総論・東アジア仏教
仏教の中国伝来
序章・仏教の受容と変容
東アジアの受容したアビダルマ系論書−『誠実論』と『倶舎論』の場合
般若・中観思想の受容と変容
唯識系の仏教
如来蔵系の仏教
密教系の仏教
羅什と玄奘
東アジアに流布した『涅槃経』−仏性の背景にある世界−

民衆信仰の発展
仏教教団の成立
仏教儀礼の特徴と一般民俗
造仏にみる仏教の受容と変容
李王朝の仏教弾圧
固有の宗教と仏教 天台神道理論を中心に
仏教教団と宗教生活
日本仏教の民衆化と儀礼習俗
浄土変容 あの世の図像学
古代日本と道教的・陰陽道的テクノロジー
法然の夢
浄土と神国 仏教と神道の他界観と国土観
覚鑁の密教と浄土思想
求法の道−日本篇−
聖徳太子の深き闇
鑑真−盲いてなお「渡日弘法」に挑む−
最澄−「万人成仏」への道−
空海−高野山に築く「真言密教の王国」
円仁−入唐求法の旅−
道元−「苦行専心」が道を拓く−
栄西−二度の渡海求法の道−
仏教伝来・日本篇「関連年表」
求法の道 東洋篇
釈迦−瞑想の末「涅槃」に達す−
十大弟子とその生涯
龍樹と大乗思想の完成
対談 仏像をめぐって
対談 本当の宗教とは?
対談 中国人と仏教 上下
対談 古代国家と仏教
妙好人のさとり
対談 釈尊、法然、そして親鸞
対談 日本人にとって仏教とは?
対談 日本人の信仰心
仏教の受容と変容インド編概説
固有の宗教(信仰)思想と仏教
新興思想(沙門系思想)と仏教
仏教とインド哲学の思想交渉
カーストとネオ・ブッディストの成立
出家社会とインド社会
仏教の芸術と儀礼
仏教と政治−インドにおける崇仏と破仏−
中国における廃仏
西域の仏教美術−インド仏教美術の受容と変容−
仏教の受容と変容中国編概説
固有の宗教と仏教
仏教教団の成立と生活
仏教の儀礼と習俗
中国仏教美術における受容と変容
仏教の朝鮮的変容
非人
唐の太宗李世民と仏教
「寺塔記」をめぐって
北宋神宗の内道場
北宋末・南宋初の曹洞宗と官僚檀越
をさなごころ
遼代の学僧思孝について−房山石経の一つの紹介−
鮮演の思想史的位置
元代白雲宗の一考察
元の普度撰「上白蓮宗書」の歴史的意義
中国江南史上の道教信仰−特に土地信仰をめぐる文化の地域性−
わが国における内道場の起源
律令国家の氏寺対策−寺院併合令をめぐる問題−
僧尼令的秩序の境界−道慈・玄ボウ・行基の場合−
国分寺造営運動の展開について
奈良時代密教受容の側面
聖徳太子観音化身説成立の背景
最澄が企図したところ

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