観心寺如意輪観音像
久米田寺の星曼荼羅図
裸形弘法大師像について
法隆寺金堂の壁画
西大寺創建当初の美術
日本上代彫刻試論
平安彫刻の作者の問題
古保利薬師堂の諸仏−広島県千代田町古保利
光台院阿弥陀三尊像について
来迎美術論
鳳凰堂の扉絵と壁画
甘露呪とその蓮台−鳳凰堂阿弥陀如来像胎内納入
弥勒来迎図について
釈迦堂の壁画について
日本における高僧像の形式
舎利と仏塔
日本の磨崖石仏
山岳寺院と修験者の美術
山岳信仰の美術
法華堂執金剛神像
厳島の山上および山下の堂舎とその美術
高松塚壁画筆者の問題
両界四仏についての覚書
観世音菩薩の展開
十一面観音の表現と展開
地蔵菩薩の展開
日本における不動明王とその展開
不動明王考
仏像表現の成立
東密と台密の美術
白描図像の歴史
覚禅の系譜
深賢とその図像
仏教図像学会
多彩な後継者を育成
眼の鱗が落ちた
奈良朝以前における密教的美術
空海請来の密教美術
最澄・円仁の請来した美術
金剛峰寺伽藍の草創
高野山の美術と歴史
東寺の美術
東寺講堂の仏像
醍醐寺の美術
醍醐寺五大明王彫像について
醍醐寺聖教庫蔵図像抄録
仁和寺の歴史と美術
大覚寺の歴史と美術
朝鮮古代の仏教文化
養?]徹定「法隆寺金堂壁画」模写画像と真下晩菘発願の五百羅漢画像
院政期彫刻史における大聖寺不動明王像の位置
宝珠寺の伝五智如来
天文二十二年窪八幡神社鐘楼建立棟札について
中道町円楽寺の役行者像
金山の掟−山例五十三ヶ条について−
偏平形土製五輪塔の性格をめぐって
近世甲府城下町の空間形成−中近世移行期の都市空間の変容−
中世甲斐梵鐘の系譜
家財目録等にみる中世城館の一様相−甲州八田家家財目録から−
武田領国における郷中諸階層について-調衆・御印判衆・軍役衆・地下人-
甲斐の名刀
天目山栖雲寺庭園小考
光照寺と甦った薬師堂
図像が図像を産む
腐らない学問に没頭した父
十六年を迎える学会
研究とお酒を愛された阿闍梨
恩情は広大無辺
佐和隆研先生と密教図像
坤室サロン
密教の美術
密教美術の特色と展開
密教絵画の特質
両界曼荼羅の美術
大日如来像の展開
東海風土記
阿弥陀・弥勒信仰の実態と図像-菩薩半跏像=弥勒像へのアプローチ
藤原京薬師寺造営考
天平彫刻にみる捻塑的技法に関する一考察-彫刻技法史ノートより-
創造時における東大寺大仏の銅座鋳造時期に関する問題点
法相宗系寺院の尊像配置について−興福寺を中心として−
法華堂根本曼陀羅と東大寺法華会
奈良時代雑密像序説
古密教系彫像研究序説−檀像を中心に−
九世紀の真言密教伽藍−新しい理念と伝統の間−
国宝河本家本餓鬼草紙
聖徳太子勝鬘経講讃図の塵尾を執らない講讃像
止利式仏像の源流
法隆寺金堂釈迦三尊像の制作年代
中宮寺天寿国繍帳の原形
法隆寺献納宝物一五六号と野中寺弥勒像
法隆寺金堂壁画の主題
薬師寺東院堂聖観音像の制作年代
興福寺釈迦十大弟子と天龍八部衆像の伝来
東大寺大仏の思想的典拠
東大寺大仏の台座鋳造時期
唐招提寺鑑真和上像と肉身乾漆像
近世絵画における「武田信玄図」に見る不動様忿怒相について
戦国期における城郭の歴史的立地−小規模山城をめぐって−
仁王経法と不動明王像

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