涅槃経の一闡提について
法華経梵漢比較雑感
初期大乗経典と仏塔信仰
敦煌古写経について−龍谷大学図書館蔵大谷探検隊将来−
仏教徒の因果関係の決定についての一考察
龍樹の戒学思想
縁起信仰
日本仏教における戒律の研究
日本仏教における戒律の問題
「受菩薩戒儀」の系譜
三聚浄戒について
女犯
古代仏教と戒律
鑑真について
法華思想と現代
仏典の翻訳から見た上部構造と下部構造の関係
「物不遷論」について−「物不遷論」現代語訳
「不真空論」について−「不真空論」現代語訳
僧肇の「般若無知論」について−「般若無知論」現代語訳
「神滅論」について−「神滅論」現代語訳
「杜陽雑篇」について−「杜陽雑篇」現代語訳
穏やかな老教授
中国仏教史の総括
「本来無一物」
漢−唐時代における仏教哲学思想の伝播と発展
龍樹空思想の特質
経典思想上の『中論』
龍樹教学における涅槃について
『十住毘婆沙論』における在家と出家
『十住毘婆沙論』の難一切智人
龍樹における般若経の理解
おしゃかさま
インド文学よりみた大智度論の説話内容
浄土教における龍樹の影響
密教教学における龍樹の影響−特に大日経・大日経疏を中心として−
天台教学における龍樹の影響
吉蔵における中論解釈の特質−三段分科について−
アティーシャの二真理説
龍樹思想の西欧的理解−ヤスパースの理解を通じて−
梵蔵漢対照ラトナーヴァリー(宝行王正論)
無我と主体性
仏教と精神医学−自覚的精神療法−
或る一つの対応−梁楷『出山釈迦図』の構造分析の試み−
中道の原初型と発達類型
インド思想における業の種々相
律蔵におけるカルマンの問題
原始仏教における業思想
原始経典における業異熟の究明
仏弟子における出家の動機とさとりの様態
優婆塞の五戒について
『倶舎論』に見える業論
バーヴァヴィヴェーカの業思想−『般若灯論』第17章の和訳
瑜伽行唯識学派における業の諸問題
攝大乗論における業思想の一形態
仏の業と仏性の業
密教における業
タイ仏教における業思想
ジャイナの業思想
サーンクヤ哲学における業の問題
過去仏思想と聞法宿縁の説−法華経を中心に−
『観無量寿経』における業思想
初期中国仏教における業論
日本における業と自然の思想
宿業と宿縁−親鸞の場合−
業思想に関する研究文献
南朝晋宋間における般若、涅槃学説の政治的役割
天台宗哲学思想概論
華厳宗哲学思想概論
禅宗哲学思想概論 付 禅宗史研究における胡適の誤りについて
PURIFICATION OF SIN IN BUDDHISM BY VISION AND CONFESSION
TOWARDS AN EXPERIENCE OF BEING THROUGH PSYCHOLOGICAL PURIFICATION
BUDDHISMUS UND KOWAKA-MAI
法然教学における罪悪感−鎮西教学を中心として−
ZEN AND THE WEST
ANMERKUNGEN ZU EINIGEN JAPANISCHEN 'MAGISCHEN ALS MITTEL RITU-ELLER REINIGUNG'
情念と人間の実存−デカルトの情念論研究−
罪意識の諸相−文学作品にみられる罪と罰−
THE PURIFICATION OF POST-MODERN MAN
ブッダとキリスト・パウロ−ダンマとプネウマを軸として−
信仰の動態−浄土信仰と福音信仰の対比において−
原始仏教の比較思想論的考察
五蘊観の人間学的考察−クラーゲスの哲学と根本仏教との比較研究において−
般若と理性
カントの認識論と唯識思想
恵美押勝の専権
シャーンタラクシタの批判哲学
因明における誤謬論
仏教思想の道教的改変
禅と創造性
エックハルトと禅
浄土と禅
非仏非魔−宗教的自覚における魔の問題−
ニヒリズムと仏教
近世儒者の仏教観-近世における儒教と仏教との交渉-
比較思想研究の方法としての深層心理学
密教に於ける弥陀思想
真言宗の浄土
覚鑁上人と浄土思想
親鸞の一乗思想
西山証空における観経の浄土

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