日露戦争下の「新仏教」徒
大正時代の宗教的位相と本願寺教団の動向
妹尾義郎について−戦後の活動を中心に−
国家神道解体後の「神社問題」
卑弥呼と神功皇后
古代南山城の仏教受容形態−平川廃寺を中心として−
崇神紀を中心とした三輪伝承の構成
律令国家における神仏習合思想の形成
最澄における国家権力の問題
横川仏教の研究−同朋教団の成立とその展開−
横川と二十五三昧会−念仏結社運動とその立場−
空也浄土教について−千観との共通性を通じて−
親鸞の思想形成について−民族宗教からの自立−
親鸞と蓮如の宗教状況について−神祇観を中心として−
沖縄における古代国家の成立と宗教
近世本願寺教団における民俗宗教観の諸相
中江藤樹における「神道」
維新期の真宗−瑕丘宗興を中心に−
真宗教団近代化の動向−布教権の回復と末寺平等化指向−
国家神道確立の一側面
部派仏教の教団《教団と資料》
異色な部派教団
部派仏教の思想的特色
大乗仏教への移行と根本中《総括》
部派仏教から大乗仏教へ
部派教団と中道
日本古代における仏教と世俗-優婆塞・優婆夷-
日本における仏教「制度化」の始源「推古朝僧官」をめぐる問題点-
行基研究の立場と問題点-養老元年四月詔をめぐる研究状況
行基伝の成立と民衆の行基崇拝-「続日本紀」・「日本霊異記」の場合
念仏運動と民衆
民衆仏教と真宗-真宗の再吟味-
親鸞思想の歴史的性格
形成期一向一揆における一民衆像-菅生願生とその周辺-
律令政権における仏教−長屋王政権の特質−
律令体制下における行基の思想と行動
古代国家における護国経典の受容
最澄の遺言と菩薩僧
摂関貴族と浄土教
日本古代仏教における三学と六宗
祈雨祭祀と殺牛馬
中世仏教における正統意識について
「承応鬩牆」考
高山樗牛−ニーチェ主義と日蓮−
宮沢賢治−仏教思想とイマジネーション−
カン山大師年譜疏証 2巻
倉田百三−病苦と自然法爾−
亀井勝一郎−無教会主義的仏教−
福原亮厳教授略歴
福原亮厳教授著書並びに論文目録
無我説の宗教的究竟態
仏陀の無我観
実有説と無自性説
唯識学における無我と輪廻についての考察
戒律にみる無我思想
浄影寺慧遠とその無我義
成唯識論における「仮我(法)」説
無我の究竟態としての真勝義
無我即浄土
「信願上人小章集」における良遍教学
「無我」に関する雑誌論文目録
エセイデの仏教綱要書
THE PROBLEM OF VERBAL TESTIMONY IN YOGACARA BUDDHISM
部派仏教とは何か《概論》
説一切有部の修行論
部派仏教とは何か
部派仏教の成立とその思想《歴史と教理》
部派の成立
西域の部派仏教
部派仏教の思想
沢庵
近代日本の思想と仏教−概観と問題−
村上専栄−その仏教統一論−
清沢満之−宗教哲学における論理−
山崎弁栄と椎尾弁匡−浄土教と西洋思想−
毛利柴庵と和田性海−真言密教と仏教社会主義−
佐藤賢順−仏教哲学への定礎−
植村正久−その法然・日蓮論−
内村鑑三−その仏教観−
北村透谷−社会改革思想と宗教意識−
佐古純一郎−その親鸞観−
井上哲次郎−悟性的仏教理解のプロセス−
井上円了−活仏教の哲学−
西田幾多郎−場所的論理の宗教論−
田辺元−「懺悔道」としての哲学−
三木清−「親鸞」における歴史と人間−
福沢諭吉−『百話』における仏教への接近−
和辻哲郎−和辻倫理学と仏教−
沢柳政太郎−自力戒律主義と教育思想−
北條時敬−その教育者・禅者としての人間像−
谷本富−新宗教論の試み−
木下尚江−社会変革から自己変革へ−
内山愚童−その無政府主義の思想−
河上肇−宗教的真理をめぐって−
浅野研真−仏教と社会主義の間−
四諦八正道
日蓮における死の認識
天台口伝法門と神祇
鎌倉新仏教の情況と主体の形成
現代を生きる「僧」の二つの典型

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