庶民信仰としての如法経
大和の寺社と西笑承兌−関ヶ原の戦い後における−
卍元師蛮の伝統師承観
ミラレパ伝の諸研究
渤海の仏教遺跡について
香取神宮別当寺廃止の始末
僧尼令の構成と成立について
廃仏毀釈と香取神宮本地仏
智旭の思想と陽明学−ある仏教心学者の歩んだ道
矢吹慶輝について
大乗教団の成立について 上中下
マハーラーシュトラの仏教 1−窟院の形成に関連して
明治初年の鶴ヶ岡八幡
李屏山の伝について
伯耆大山の廃仏毀釈
神と仏−民族信仰史の立場から
宇佐八幡の宝物
塚本先生を偲んで
廃仏毀釈と麟祥院
塚本先生と「仏教史学」
明治初年の南都諸大寺
支遁と其の周囲−東晋の老荘思想
熱田神宮の神仏分離
江戸の銅仏像
不空三蔵と其の時代
塚本先生を偲ぶ
古代東国における観音像の造立
近世の比丘尼御所 上
支那の旃檀瑞像
近世の世俗主義と仏教
寺院住職としての塚本先生
羅末麗初の王師・国師について−禅宗を中心に−
逸話二則
大乗菩薩戒と社会福祉−鑑真の社会変化
中世東寺と東寺文書
男一匹・裸一貫-塚本善隆先生を偲ぶ-
「ブッタとオキナ」
明治初年の政府と神仏二教
朝鮮三国鼎立時代の仏教
ペリオ3006番漢文仏典注釈書断片をめぐって
支那僧官の沿革 附道官一班
初期時衆教団の動向−特に「一遍聖絵」「一遍上人絵詞伝」の成立を中心として-
北朝・隋代の無量寿・阿弥陀像銘−特に「観無量寿経」との関係について−
瓦経片復原研究の所例-「妙法蓮華経」書写の二断片の復原と検討-
比叡西山麓普門寺私考-平安時代中期草創寺院の一視点-
明代寺田の税役と砧基道人
平安時代における近江国分寺の所在
北京留学見聞
開明期啓蒙思想家の政教論
天皇制国家と「精神主義」−三教会同・天皇の代替わりをめぐって−
高野山納骨の起源
武蔵普済寺版考
児玉識著「近世真宗と地域社会」
中世東大寺油倉についての一考察
清河の崔氏と仏教−とくに崔光を中心として
福嶋寛隆・藤原正信・中川洋子編「反省(會)雑誌」 1〜3,
内閣文庫蔵「相蓮房円智記」-院政期大原僧円智の宗教活動-
「円珍和尚伝」の素材と構成
ヴァスバンドゥ「金剛般若波羅蜜経論」『十地経論』について
唐代後期の居士裴休について
村堂と林下−加賀長福寺の成立をめぐって
備前法華の由来
近世番場時衆教団の動向−貞享と天保の諍論をめぐって
荷沢神会論
一九世紀初頭における真宗惣道場の自庵申替記録
NETTIPAKARANAにおける二・三の問題点
大乗における在家と出家の問題−大乗仏教成立論に関連して
内供奉十禅師の成立と天台宗
浄土教と庶民信仰−近世における善導大師像開帳を中心として
三河一向一揆に関する諸記録について−新行紀一著「一向一揆の基礎構造−三河一揆と松平氏−」を読んで-
「一切衆生と草木土石」
仏法王法相依論の成立と展開
プシュヤミトラ破仏の伝説と背景
絵系図の成立について
松本藩の廃仏毀釈
大化元年八月癸卯詔をめぐる諸問題
戦国期京都における法華教団の変容−「京都十六本山会合用書類」の成立をめぐって
会沢正志斎の思想−排仏論との関係において
一代一度仁王会の再検討
インド仏教から中国仏教へ-安般守意経と康僧会・道安・謝敷序など
平安写経の世界−妙蓮寺蔵「松尾社一切経」をめぐって
絵図がかたる宿場町
歴史のなかの象徴世界-古代日本の宗教史における仏教・儒教・神祇・天皇
南北朝・隋・唐初の童行と度牒の制
中有の考察−輪廻主体の観点から
中世精神史における「不浄」の軌跡−念仏信仰との関連にみる
中国における「頭破作七分」の受容と展開
インド経典成立史および思想史
元朝の江南統治における仏教
林下における教団経営について−大徳寺徹翁義亨を中心として
廃寺園部善願寺攷
遊行上人遍円の肥後巡錫-特に「八代日記」の本文について-
仁和寺真暁法印伝
インド仏教々団史
南宋後期禅宗の動向−虎丘派下の社会的立場を中心として
「精神主義」の地方的展開 上−加賀における異安心事件を中心に
南京棲霞寺石窟試論−5世紀末〜6世紀初頭の建康造像の位置づけをめぐって
インド仏教美術および碑銘
劉宋時代の巴蜀仏教
本地垂迹説

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