鎌倉仏教に於ける栄西門流の位置-退耕行勇とその周辺-
明恵の思想構造-釈迦への思慕を核として-
近世寺院の脱呪術化と官僚主義について−興福寺学侶引付を一例に
上京報恩寺小考
排仏論から国体神学へ
吉田一彦著「日本古代社会と仏教」
五台山見聞記
南山律宗の祖承税と法系説
仙英禅師
漢語仏典における偈の研究−中国撰述経典における偈とその韻律−
仏教を中心とした南方史学界
至元十三年阿育王寺舎利宝塔奉迎をめぐって
文物に現れた北朝隋唐の仏教
道宣の出自をめぐって-呉興の銭氏-
排耶論にみる明治前半期の真宗-護国論の展開と国粋主義-
親鸞思想の歴史的評価をめぐって-初期親鸞教団へ社会的基盤論争をふりかえって-
対馬仁位東泉寺所蔵の元版新訳華厳経について-弘法蔵残巻の発見-
大伝法院と金剛峰寺との確執
市川浩史著「日本中世の歴史認識 三国・末法・日本」
堤婆達多伝承と大乗経典
ニヤ遺跡をめぐる諸問題-特にチャドータにおける仏教僧の実態を中心として-
根本誠二・サムエルC・モース編「奈良仏教と在地社会」
初篇「妙好人伝」の一考察
中世における武勇と案穏
石州善太郎に関する一史料
「参天台五台山記」に見える文書について
チベット仏教史
「慧印三昧経」とその成立
如意輪観音 十臂 1紙
内蒙古蒙古史学界瞥見
パーリ文献史研究の一視点-スッタンパタ第4,5章を資料として-
研究会・日本の女性と仏教
隋・唐
「河内国西琳寺縁起」所引「天平十五年帳」の史料批判と度縁始授の年代
禅より見たる山内一豊夫妻
聖護院御門跡日々記-道晃法親王日記-
天武朝における仏教「制度化」の背景
法然の送山門起請文について
西蔵大蔵経総目録編纂に就て
蒙文「ゲゼル」に関する若干の問題
藤原頼長の因明研究
漢魏晋南北朝仏教史の課題
最澄と空海
「和語燈録」元亨版本に就いて
李逸友「呼和浩特市万部華厳経塔の金元明各時代の題記」
「義足経」とATTHAKAVAGGA-因縁講の対照を中心に-
後醍醐天皇の御信仰
休祥坊の三名刹(万善・昭成・崇福)-長安寺院史の歴史地理的考察-
我国に於ける四天王信仰
怨敵調伏法から軍荼利信仰へ-主として東国における-
長谷寺創建年代並に千仏多寶塔銅版銘に関する喜田博士の説を駁す
中世日本における阿育王伝説の意義
木曽街道 浮世絵にみるその面影
リゴンパの乱とサキヤパ政権-元代チベット関係史の一断面-
長谷寺縁起を論じて諸寺縁起集の年代に及ぶ
房山雲居寺石経
三鈷寺時代の證空上人
北条時政の信仰(上)
恵光房澄豪と伝法和尚澄豪補記
西州における庶民仏教の一考察-「随願往生経」を中心として-
関東天台の本末制度-特に天海の東叡山直末制度を中心に-
古代の私度僧について
美術家に仏教の研究を勧む
北条時政の信仰(下)
仏教史学研究の必要
現世と来世
国民道徳と正確なる国史の知識
「永正十七年元旦ヨリ儀式」
墓誌から見た唐代の尼僧と家
UPOSATHAとPATIMOKKHUDDESA
我国民思想と仏教
九世紀の願文にみる母と子−菅原道真「菅家文草」を中心として−
明末における福州の仏教-黄檗山寺を中心に-
近世仏教史
大阪真宗史研究会 編「真宗教団の構造と地域社会」
慈訓と内裏−「花厳講師」の役割をめぐって−
モンゴル・オイラト法典前文の翻訳
曹渓大師別伝 1巻
「宝林伝」の序者霊徹と詩僧霊?Z
西域仏教文化
聖徳太子信仰の展開−<虚像>に何を託したか−(第57大会シンポジウム <聖徳太子>の歴史像−東アジア文化交流史のなかで−)
五姓各別説と観音の夢−「日本霊異記」下巻三十八縁の読解の試み−
上章儀礼より見たる正一道教の特色-治病の章を中心として-
聖徳太子像の再検討−中国仏教と朝鮮仏教の視点から−(第57大会シンポジウム <聖徳太子>の歴史像−東アジア文化交流史のなかで−)
江戸時代中後期天皇追悼儀礼の展開−延暦寺における桓武天皇遠忌法会を事例に−
大正真宗史の一断面-西光万吉を中心に-
朝鮮仏教
慶政と聖徳太子信仰−宋版一切経補刻事業を軸に−(第57大会シンポジウム <聖徳太子>の歴史像−東アジア文化交流史のなかで−)
森茂暁著「中世日本の政治と文化」(思文閣史学叢書)
普済寺宝幢
仏教受容の問題
中国における聖徳太子伝承の流入と変形−太子伝説流布の背景と意義をめぐって−(第57大会シンポジウム <聖徳太子>の歴史像−東アジア文化交流史のなかで−)
宮崎健司著「日本古代の写経と社会」
「鹿苑日録」考
チベットにおける五智思想の展開−ロンチェンパの五智思想−
為母説法と般涅槃−「摩訶摩耶経」を手がかりとして−
うまし国信州
無住「雑談集」分析の一視点
日本書紀の仏教に関する記載について
本朝薬師仏造像と上代の信仰

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