「恵信尼文書」にあらわれる「さぬき」の所在について
カローシュティ文字資料と仏教
沙門成圓とその遺仏
日本に於ける密教美術展開の過程
恵信尼書簡と口伝鈔
「法華玄論」の撰述時期について
「中観優婆提舎開宝篋」について
唐代蜀地方に於ける庶民と仏教
爛脱の由来
宇文ユウの道教実華序について-北周武帝の無上秘要との関連を通じて-
元の上都の仏教
慈訓について
アテイシヤ教学の歴史的位置
円多羅義集とその引用書について
金光明経の帝王観とそのシナ・日本的受容
善教寺阿弥陀如来胎内文書について-藤原実重の信仰-
仏教伝来考
大和・中川寺の構成と実範 上
世良田長楽寺史料について
時宗解意派に関する考察-常陸国宍戸・新善光寺の中世-
唐・五代の童行と度牒制について
俗諦と恋文 上中下
中世関東浄土教弘伝の素地について
白隠の教化と飛騨の観音講
木曽路十一宿の旅
マントラの効果と全知者-PRAMANAVARTTIKASVRTTI研究 1(VV.292-311)-
中世武蔵国に於ける典籍の開板
唐末五代における福建仏教の展開
中世社会移行期における宮中仏事の実態−「内御仏名」を素材として
本願寺の声明とその伝来
タイ族の仏教受容について-インド文化圏における仏教の弘通-
延暦年分度者制の再検討
一遍法語集の本文系譜
証空と慈円
中世律家の律法興行−衣食改革を中心に−
浄土教思想史の問題点-井上・重松・二葉・速水各氏の成果をめぐって-
智証本大日経義釈の成立
山西省祁縣の六朝石仏
甲斐国分寺の研究
鈴木正三における「弔」観
安土宗論の真相
鎌倉時代南都の戒律復興 上
足利直義禅宗信仰の性格について
哲学堂散歩−近代日本の科学・哲学・宗教−
木仏師系統考略 附定慶に関する疑義
唐室の創業と茅山派道教
禅宗の日本的展開
阿羅漢による般涅槃の様相−禅定と神通力−
虎丘紹隆と大慧宗果
印度仏教の北方流伝
祖庭鉗鎚録 2巻
摂津大門寺一切経に就いて
ヴィナヤピタカにおける印度法
チベット仏教の風土
唐鈔無量寿観経纉述
中国民間における目連説話の性格
快慶作遺迎院阿弥陀如来像の結縁交名−像内納入品資料に見る中世信仰者の「結衆」とその構図
三条坊門油小路道場西興寺をめぐって-時衆のいくつかの異流について-
朝鮮仏教関係書籍解題
七世父母攷(日本仏教受容と祖先信仰)
三階教の布施観
開教の人柱・栗山環成師
元興寺極楽坊蔵・夫妻離別祭文・和合祭文
初期本願寺における公家との交流
東北各県の中小教院と仏教-教部省官員石丸八郎の活動を通して-
仏教史研究の必要
元代普度の白蓮宗復興運動
玄門「聖胄集」について-スタイン蒐集敦煌写本4478号の紹介
「照干一隅」説批判
仏教史学より見たる日本天台
平安中期に於ける在家信者の受戒精神の展開
牧牛図の西蔵版について
仏教印度の地理的考察
浄覚夾注「般若波羅密多心経」について
四条県政期に於ける民衆教化政策について
房政所と寺家政所-十二世紀前半の醍醐寺と東大寺-
徳川時代の仏教各宗勢力分布
選択集述疑の著者に就て
親鸞の社会的立場
太秦廣隆寺蔵二躯半跏思惟形像の中世に於ける伝来と信仰 上
法然上人撰述浄土三部経末疏の成立前後に就て−選択集を定點として見たる思想的考察−
鎌倉時代の古文書にみる女性の仏教認識・心性
華厳十重唯識??鑑記の捜索
宋元時代に於ける緇流の填詞作家
日宋交渉と南都浄土教
「禅定灯明論」研究 3-インド・中国・チベットの文献に見られる禅定法をめぐって
大内氏の対外交流と筑前博多聖福寺
歴代三宝紀の一研究
室町幕府の祈祷と醍醐寺三宝院
古代日本と百済における仏教と神祇−韓国・益山弥勒寺址出土「金製舎利奉安記」銘文中の「下化蒼生」について−
平経高と専修念仏宗
近世陰陽道祭祀の性格−公家社会における陰陽道をめぐって−
疑経「梵網経」成立の諸問題
中世の神祇思想と専修念仏-「神本地之事」「諸神本懐集」の成立を中心にして-
末法・末代観の歴史的意義-浄土教中心史観批判-
清沢満之「精神主義」再考−明治後半期の社会と「悪人の宗教」−
法華験記とその周辺−持経者から日蓮へ
元代モンゴル皇族とチベット仏教−成宗テムルの信仰を中心にして
安曇野の自然と守衛の芸術
南京国民政府成立期における仏教界と廟産興学運動−新旧両派による「真の仏教徒」論を中心として−

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