平泉から来た虚空蔵菩薩
国分尼寺の性格−特に国分僧寺との比較を中心として
類聚三代格収官符の上卿
書目童唱について
飯野八幡宮と好嶋庄
いわゆる文治主義への転換についての一考察−末期養子の許可について
黄檗独立禅師交遊の一側面
後北条氏棟別銭考
紀州家名目藤沢山清浄光寺の貸付について
近世初期における知恩院と増上寺の地位−特に満誉尊照と観智国師存応を中心に
福田行誡の晩年の健康について
中世末期における三河浄土宗の展開
東叡山の直末支配について−特に伊達藩を中心として
外国の歴史教科書に現われたる日本
東寺宝菩提院蔵の浄土教の資料について
日本書紀と聖徳太子の伝記
貴族と僧侶−僧綱・学生・堂僧・堂衆
解脱上人の信仰について
中世東国における鎌倉光明寺の位置
米良文書の一考察
下野薬師寺の調査概況について
天海版・鉄眼版の重刻・補訂
青蓮院と浄土宗寺院
蝦夷善光寺草創と「御寄附金勘定帳」について
中世末期における美濃龍徳寺の寺領形成について
家康の駿府時代における御前論議
覚鑁と寛助との関係
古代東国における帰化人安置に関する二、三の考察
海道記試論
石動山の古縁起と新縁起
聖武天皇の即位
室町時代初頭期の東寺学僧の一考察
日本における近代化論をめぐって
入唐・入宋僧侶の旅行記について
有髪の尼
鹿谷法然院の特色
御恩と奉公
「東大寺十問答」攷
覚鑁の諸流遍学について
日本における近代史学の発達−主として考証史学の役割について
清凉寺所蔵熊谷入道宛 証空自筆書状について
近世新義真言宗の本末制度の研究−特に長浜総持寺を中心として
中世禅刹経営の変遷過程-とくに世良田長楽寺官刹化にみられる1,2の問題-
延宝期における山形宝幢寺門末の確立−特に「宝幢寺門末帳」の作成を中心に
律令と仏教
近江堅田玉泉・聖瑞二庵の相承と謙巌原沖
護持院隆光の自筆書状について 1〜3
熊谷蓮生の述懐
江戸城宗論の託証文
道明寺神仏分離考
真言宗新義派護持院僧録について−特に隆光代を中心として
慈恵大僧正拾遺伝付慈恵大師絵詞
因幡国伊福吉部徳足比売の墓について
中尊寺供養願文の輔方本と顕家本との関係について
二人の文覚
酒仏妙楽経と亀田鵬斎の人となり
日蓮(教界偉人叢書 7)
後陽成天皇と知恩院の香衣執奏
徳本の教化
行基と罪福説
東山常在光院について
重源房宗源
仏法双六
椎尾弁匡
足利鑁阿寺寺名考−とくに高野山僧鑁阿と鑁阿寺の草創をめぐって
空海自筆尺牘
選択本願念仏集
CHARLES WILLEMEN:THE CHINESE UDANAVARGA-A COLLECTION OF IMPOR-TANT ODES OF THE LAW-
「不可思議」とのであい-教えと悟り-
華厳の修行道と女性善知識
初期禅宗の祖統説と北山録
唯識説における法と瑜伽行
ジャータカにあらわれる辟支仏
唯識に関する一私見-「心意識の問題」と「唯識三年、倶舎八年」について
勝鬘経宝窟における仏性義
千観の浄土思想−「十願発心記」における菩薩行の構造を中心に−
維摩詰経と毘摩羅詰経
MAREK MEJOR:VASUBANDHU'S ABHIDHARMAKOSA AND THE COMMENTARIES PRESERVED IN THE TANJUR
中国思想における縁起思想の理解−「縁起」と「縁集」をめぐって−
依他の離言について
ヘルムート・フォン・グラーゼナップ博士-高貴なる魂の学-
「三彌底部論」の研究-我に関する章-上中下・未完
白山信仰の文化財
マンダラとは何か
有部の論書における自性の用例
応用仏教学への一志向
仏教学を志して
ヴァーチャスパティミシュラの知覚と聖言
山田亮賢先生-その人格と教えから学んだもの-
吉津宜英著 華厳禅の思想史的研究
「集量論PRAMANASAMUCCAYA」と「量評釈PRAMANAVARTTIKA」との関係−尊者ケードゥプ著「量評釈の大註釈・正理大海 TIKA CHEN RIGS PA'I RGYA MTSHO」より−
チベット仏教圏におけるブータン
ホンコン・タイワン仏教学への望蜀の言
色井秀譲著「浄土念仏源流考」-大無量寿経とその周辺-
ウィスコンシン大学における浄土教ジョイント・セミナー参加報告
インドのおどろき
LUIS.O.GOMEZ:THE LAND OF BLISS(THE PARADISE OF THE BUDDHA OF MEASURELESS LIGHT,SANSKRIT AND CHINESE VERSIONS OF THE SUK
旅行記-現代世界の仏教に寄せる関心-
初期仏教研究の回顧
智??と法蔵-その伝記にみられる異質性-

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