中国仏教研究の一動向-「批判的研究」について-
「浄土三部経」におけるアスラ−六道と八部衆の問題を中心として−
初期ヴェーダの王権−RASTRAとSAMITI−
対象のAKARAについて−対象認識に関する世親・陳那・安慧の見解−
MANUSMRTI第7章における酒の弊害−「大智度論」第十三巻に見られる飲酒の問題に関連して−
モンゴル語訳「八千頌般若経」における心性本浄説について
KAMALASILAの無知覚解釈における“別の知覚”とその対象について
胡桃
法身と智慧
RATNAKARASANTIによる一乗思想の解釈
最澄研究の諸問題
PRASANNAPADA19.3−7の解釈について
MANJUSRIKIRTI釈を中心としたNAMASAMGITIの一考察
般若心経の研究史-現今の問題点-
本願寺蓮如の信仰思想と親鸞
<弥勒の五法>再考
チャンドラキールティの無我論
天台教学における他者観−化他の問題と関連して
根本有部律に見る雨安居地伝承の影響
変成男子物語における授記・誓願・真実語
世親の飲酒観−性罪と遮罪−
「倶舎論」の撲滅について
サンヴァラ・マンダラにおけるウパチャンドーハ/ヒマーラヤとしてのカトマンズ盆地
「大日経」供養法の儀礼構造−「要略念誦経」との対照において−
真言密教における善の概念
DHATUの本質と構造 1 -有の仏教学から神の仏教学へ-
興教大師の釈論観
菩提寺と祈祷寺〈レジュメ〉
弘法大師と興教大師の仏身観
「実相般若経答釈」所説の顕意について
平安密教における諸問題
四恩思想の諸形態
頼瑜の教学思想に於ける一考察
法身は一仏か多仏か−「金光明経」をめぐる真言と法相の懸隔−
弘法大師の菩提心思想と三摩地
頼瑜撰「金剛頂経開題愚草」報告
同和問題について
写仏のあゆみ
「即身成仏義」にみられる本覚思想の一背景
密教的経済倫理の可能性−勤労倫理を中心に−
弘法大師は、伝教大師の「理趣釈経」請借をなぜ断ったか
弘法大師の加持について
子どもの心に触れたとき
即身成仏と三種成仏
長谷寺の隔夜僧とその源流
今までを振り返って
法住による会合説の根拠
弘法大師空海と祈願法会
伝法に携わって
弘法大師と大日経
弘法大師の菩提心思想について
成田図書館蔵「住吉物語」は長谷寺旧蔵か
夏報恩講の休止について
人法喩の「古徳」について 1
ツォンカパの「善説心随」和訳 1
縄文のタイムカプセル
済暹における『蓮華三昧経』(「本覚讃」)の引用について
百萬塔の一考察−百万という数量について−
人間の知とそれを超えるもの−一切智を通して考える−
布教者としての沙門亮盛-特に坂東観音霊場記を中心として-
異本『即身義』の一考察−「四種曼荼羅義」・「四種曼荼羅義口決」との関連をめぐって−
本長谷寺と道明上人
「八千頌般若経」における能所・識別作用の止滅と空(性)の意味−空(性)は相資相依のことではない−
弘法大師と「真言宗未決文」−法相と真言の間隔−
不空三蔵の目指したもの(1)−五智説−〈レジュメ〉
修身教育と仏教−明治時代−
同和問題取りくみの現状と課題
明治期における宗意安心論
「三昧耶戒序」の示すもの−「平城天皇潅頂文」についての一考察 2−
わが観音信仰の道
「父母恩重胎骨経」の研究
曇曜のめざしたもの
傳法院流伝法潅頂三昧耶戒作法について
安世高の仏教について
弘法大師の手紙によせて−手紙が語る世界の弘法大師−
林住期者の食生活と苦行
唐代中期の法相学−窺基と道氤−
湖北に浮かぶ神の島 竹生島
原発事故と寺院活動−福島相双地区の豊山派寺院をめぐって−
道壇−道教の儀礼空間
「大日経」における二つの宗教的理想について
差別表現と意識
恵果阿闍梨「常告門徒」文について
真言律宗霊雲寺覚彦浄厳律師の御偉業
「讃歎覩史多天弥勒菩薩偈頌玄意」について
続 災害と仏教−天明三年(1783)浅間山大噴火−
「歓喜天浴油供概説」小序
快道師の破我別論説
杲宝・聖憲・宥快の教主義について
釈迦院の研究(資料H)
仏教説話の施本と紙芝居
二人の覚如−覚如房定仙と成願房覚如−
「金剛頂手潅頂タントラ」における曼荼羅行について
「声字実相義」の背景思想について-「大日経」を中心に-
「伝法会立義記」と豊山伝法会再興−解説・翻刻−
「三時念仏観門式」の作者について
“SAMARASA”の語義解釈
弘法大師空海の出自と誕生地をめぐって
道範における秘密念仏について
弘法大師と中国仏教

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