第四・五住心の存在意義−生(レーベン)の根源的否定とその昇華された復権−
徳川五代将軍綱吉の仏教理解について
チベット訳「琉璃光ダラニ経」校訂と和訳
幻化網タントラにおける曼荼羅
差別の問題を考える
「二教論」成立考
<DHARMAの本質構造>と「縁起」について−<縁起>の推移−
法然及び親鸞との連関における覚鑁
遍歴遊行者の宗教的実践
法華経にみられる権化思想の変容-アヴァターラ思想の導入-
中国における「五体投地」の変遷
いろは歌について
弘法大師の日輪と光明
新義派の法華八講−興教大師御遠忌法要に因んで−
戦国期湖北の武将たち
済暹撰「顕密差別問答」について−興教大師教学の背景思想−
「秘蔵宝鑰」と「秘密曼荼羅十住心論」の関係について
平安往生信仰について
弘法大師の即身成仏思想-特に「劫樋跛の義」を中心として-
心源上人考-西行・文覚対面談の語り手-
三世無礙力明妃と三角印について
十縁生句について
弘法大師の生い立ちとその一族
加持身説の成立過程について
弘法大師ご生誕の年について−上山春平教授の「空海」を読んで−
初瀬の国学-本居大平と荻原拡満
後七日御修法大阿付承仕荘厳記録−平成七年乙亥蔵西院流(胎蔵界)
弘法大師と「心地観経」
壇信徒と共有する宗教的感動
豊山声明の「四智梵語讃」と「不動讃」−高橋説批判−
文書からみた修験道
亮汰僧正関係編年史
菩提心と行
広観歛観について
南都の浄土思想
遍照発揮性霊集と高野雑筆集
円應房知脱
伝流聖教
六朝漢訳仏典の語法「了+否定詞」
「自性自受用仏」の発明
大型の墳墓から判る出雲・九州との交流
弘法大師研究と頼瑜僧正−数箇の疑問を呈してご法楽に供える−
正したい声明の乱れ
古代インドの祖先崇拝
「阿字観用心口決」の引用文献について
鉅野県発見「父母恩重経」の「省略経」の新資料<鉅7>について
慈雲尊者と正法律
密教経典の成長
大師所用の二種の梵字印について
内典の古写本について
紀年法−年月日について−
三輪身について
不浄観の実際
「顕密差別問答」の選者について
「大日経」「説本尊三昧品」所説の非想三昧
「指心鈔」と「大疏愚草」の成立年代について
聖天双身像の一考察−埼玉県下の聖天−
後七日御修法西院聖天供次第 続
宗祖大師の悉曇学著作
「宝性論」の四種心について
豊山派「中長期布教計画」案の問題点とそれへの対案としての一試案
伝法院流「胎蔵法」について
真言密教における理智の系譜
「吽字義」に関する一考察
仏師たちのもたらした文化
「十住心論」における弘法大師の曼荼羅観
東北修験道の形態と近世東北修験道における羽黒修験−湯殿山を中心に−
弘法大師教学における法身−系譜論的考察その三−
専誉僧正伝における問題点−「脇能化就任」に関して−
「釈摩訶衍論」における二つの三十三種法門の構想とその発想的根源について−「不変なるもの」と「随縁するもの」の二重真理の体系−
三教指帰の現代的意義
事相
東寺観智院所蔵「胎蔵界四重曼荼羅略問答」について
秘法に接して
中論に於ける不生の一考察
事相に携わったきっかけ−特に総本山長谷寺研修所に於いて−
お守り的アシストツール
ベトナムにおける和好(ホワーハオ)仏教の一考察
「施概念の変遷」(1)−インド古法典における布施の思想−
高野山真別処の瑜伽生制度について
道範著「秘密念仏鈔」の批判対象について(抄)
弘法大師空海と般若心経
死をめぐる宗教観念の再創造のために
明恵上人の光明真言観について
「密厳院発露懺悔文」について
諦円房信恕・林常房快道伝記補遺
西光と無言行
提婆達多
真済僧正について
豊山長谷寺所蔵「本朝法中衣服図」について
弘法大師の生死観
関東修験と加波山
真言宗と瓦経の関係について
SRISIMHA・VAIROCANA造「般若心註真言註」校訂テキスト
応報思想をめぐる一・二の論争について-六朝知識人の応報観の一考察-
アーナンダガルバ研究−序説−
「大日経」所説の十二字真言について
弘法大師と山岳信仰
中世インド神秘思想の系譜-カビールを中心として-
「大日経」における福智の資量について

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