草木虫魚教のゆくえ
病めるエロス−プリンストンから見たオウム真理教事件
救いは必要ないのではないか
死の河の船頭として
現代思想として仏教を見直す本
これが神秘体験だ
聖地における夢と癒し
死をどう看とるか−対象喪失と悲哀の仕事
夢の効用−セノイ族の夢理論
日本仏教は再生するか
脳死と人の死−ポスト・オウムの魂のために 5
僧侶は死にどう対処できるか
フェミニズムから見た仏教と女性の本
トランスパーソナルのすすめ
夢の癒し
「ビハーラ」構想・昭和63年11月
現代仏教の問題を探る本
カリスマ的人格−現代の神々の人物論
私の回心体験
アメリカの葬儀屋
ニューサイエンスとトランスパーソナル
癒しとしての夢と夢想−こころの臨床を通して
死ぬという瞬間はない(宗教の解剖学 3)
古代の神々は生きている
夢告と回心−親鸞の夢体験
瑜伽論記 巻1〜20
仏教教団と仏教者の使命
海の墓標
遍路ミチ、その前史を辿る
宗教学は何をめざすか−新しい宗教学の本
バイエルン王国の天皇制
市川白弦先生の思い出
めでたかりけり
豊前の新蔵と福沢諭吉(妙好人の世界 2)
太陽のお遍路さん
「ニア・デス」臨死体験
天皇制の深層
出会いということ
掌のなかの「聖地」
死後の世界はどうなっているか
生命のサイズ
葬送・墓・墓相
ヴァーチュアル・リアリティーなんて恐くない
宗教と悪の問題−オウム真理教にふれて
淡いせつない隣人たちがもたらしてくれたもの
雪の意味−装丁紀行
すえとをりたる慈悲心
旅 -その宗教性を考える-
地獄を想え−地獄の地勢学に向けて
もう一つの命−装丁紀行
末法を読む
自然と交感する
親鸞の時代認識
旅五躰
神話学−その現代社会での課題
閻魔の采配 地獄と極楽
仏教の「生の哲学」ではない部分
魔とは何か
民衆宗教としての親鸞
神は多くの顔をもつ
タオ−生命の根源となるもの
暁烏敏との縁
帰りなんいざ−親鸞のたたずむ風色
空間の旅・時代の旅(宗教の解剖学 9)
宗教心理学のめざすもの
自分はどこまでが自分か
宗教の闇をめぐって-ヴァジラヤーナへの道程-
殺人と第十八願−戦争・死刑という名の殺人
親鸞と鋳物師−念仏集団を支えたもの
巡礼の原像
宗教現象学はどこへすすむか
うしろからおされて
浄土論−自然の法景
道行きの聖地・霊場
バイオテクノロジーの基本思想
兄の日記
日本仏教と戒律−最澄から親鸞へ
神の山
宗教民族学へのさそい
宗教による殺人−人間が人間を殺してよいか
親鸞における「信の根拠」をめぐって
谷−こもりくの幽明
新宗教をどう解読するか
「脱近代」への回心を
非僧非俗をめぐって
女人禁制
終末論の終末
悪人正機私観
科学時代と宗教
悪・仏・信−単独者の真実の生
遊行する仏陀−「四門出遊」の宗教性
宗教体験なんて、クソ食らえ!
親鸞における「言葉」
一遍の旅
たましいを問う
百年後、科学は社会を支える基盤たりえているか?
欲望と本願−信と証の媒介としての自然法爾
四国遍路と西国巡礼の考現学
路上霊地探検
宗教と科学技術のねじれた関係

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