プロレタリア詩への再考察
プロレタリア詩に於ける二三の問題
現代詩におけるリアリズムの問題
生産場面詩論まへがき
第二次銅鑼巻頭言
技術についての問題
詩の技術に就いての断片的ノート少々
プロレタリア詩の正しき発展のために
抒情詩と叙事詩
体当たり的詩作態度を要望する
現実主義の中のロマン
月に吠える
追悼詩(石原吉郎に)
追悼詩(石原吉郎に)
終末の証言と祈りとしての言葉
「断念」という行為 キリスト教
石原吉郎一面 日本現代詩人会会長として
文芸倶楽部のころ
ノートの精神
「墓」解読私案
「ゆ」のおかしみ 石原吉郎の俳句
「石原吉郎全詩集」を読んで頭の栓を抜かれた気持ちになる
石原吉郎追悼
石原吉郎氏葬儀の辞
ある死にかかはる詩
極限の死と日常の死
ある〈共生〉の経験から
確認されない死のなかで
賭けとPoesie
私の部屋には机がない
信仰とことば
詩の象徴性と生存感覚 〈断念〉と〈拒絶〉の構造
詩の象徴性と生存感覚 〈断念〉と〈拒絶〉の構造
詩を超えたものとの対話
修辞的論理 晩期の詩
現代イギリス詩壇
現代フランス詩壇
現代アメリカ詩壇
レトリック論
西脇詩人の思い出
野原について−ぼくの順三郎体験
座談会 西脇順三郎の詩と絵画を語る
座談会 西脇順三郎の詩と絵画を語る
杉浦梅潭と咸臨丸
廻浦と開拓-維新前後北海道の史料事情-
信夫恕軒「破鏡歎」のこと-杉浦梅潭をめぐる文人たち-
幕末・明治文学一斑-漢語的なるものを中心として-
宮崎夢柳と「鬼啾啾」
幕末・明治の「絵」と「言葉」-錦絵新聞に見る-
幕末維新期庶民の識字力の展開-寺子屋・郷学・学制発布-
花と消去時−詩篇構成の潜在的イメージ
物語の可能性と沈黙の詩
〈形〉について 日本的美意識の問題
〈単独者〉の自由とその限界
岸辺のない海 戦後詩における位置
石原吉郎論 「ある〈共生〉の経験から」をめぐって
石原吉郎 その軌跡
内部への告発 自己凝視とやさしさ
錯誤のリアリティとその方法
おれよりも泣きたいやつ
追悼詩(石原吉郎に)
追悼詩(石原吉郎に)
追悼詩(石原吉郎に)
黄青年の頭像
色と香と哀愁と
遠かった詩人黄瀛
ふたりのひと−「瑞枝」復刻によせて
南京より
詩人黄瀛のこと−「日時計のある風景」より抜粋
黄瀛のこと
黄瀛の首
黄瀛さんへの手紙
違星青年

落葉
目覚めつつあるアイヌ種族
豊饒の詩人・西脇順三郎
ロンドン時代の西脇順三郎
西脇先生と私
西脇先生の思いで
私の西脇順三郎
西脇順三郎私見
旅人つひにかへらず
西脇先生と白金界隈
弔詞
西脇先生の関心事−年譜を追って
構成論
黄さんと私
天才の詩人・黄瀛
黄瀛について
黄瀛の手紙
黄瀛
横光利一に関して「京浜通信」より
青島日本中学時代の黄君
黄瀛先輩との交遊
正則同窓
黄瀛さんのこと
黄瀛のこと
黄瀛の母とその妹
重慶の追憶

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