方言区画論
次代に贈る第一の贈りもの
高校の文法教育は国語の常識と実用的な知識を
国語はこれでよいか
ローマ字論争に終止符
国語学者土岐善麿博士
樺太アイヌの音韻組織
アイヌ語学上の一問題
語法上から見たアイヌ
アイヌ語清濁考
アイヌ語の所謂前置詞の問題
数詞から観たアイヌ民族
アイヌ語の発音について
アイヌ動詞の第三類−複合動詞の人称形について−
新日本の国語のために−国語改良論の諸問題について−
国語改革問題−国字・国語問題の由来とその解決案−
国語改正案
字音仮名遣論
新仮名遣い是非
新かなづかい法の学的根拠
現代かなづかいの意義
現代かなづかいの盲点
現代仮名遣論−小泉信三博士へ−
真理の勝利
現代かなずかいの本則について−国語教育上の一問題−
かなずかい問題について
福田恆存氏のかなづかい論を笑う
「表音的仮名遣は仮名遣にあらず」
国語審議会を憂う
国語学におけるアイヌ語の問題
王朝歌人のエクゾティシズム
語原論
共同語から標準語へ
標準語のために
標準語の制定
標準語私見
標準語をめぐって
東京の言葉
日本の敬語
古典における敬語意識の発生
宮地幸一博士の偉業「おはす活用考」
方言研究と言語の正・訛
北奧言語の発音とそのアクセント
東北方言について
ズーズー弁とアイヌ発音−東北方言は果たしてアイヌ語なまりか−
東北方言瑣談
東北方言
私自身の方言を顧みて
オセアニアの「ことば」
方言と原始日本語
方言は保存すべきか
永遠に変遷するコトバ
新「送りがな」評−難航を重ねた難題−
新「送りがな」を支持−例外の多さを気にするな−
コレカラノ ニッポンゴ
漢字教育の行きすぎ
かなの文化的意義−現下の国語問題−
新国語の生みの悩み
国語・国字問題
大東亜共栄圏と国語の問題
国語を生かす唯一の道
言語改正に当面して
注目すべき新説−「日本語の歴史」第1冊を読む−
国語の発音の根底に於ける特質
国語音韻論
国語音韻論のドグマと其の正体−国語音韻論論評を読んで小林英夫君に−
品詞分類上の新疑問−語類の区別か話部の分割か−
文学と文法
規範文法から歴史文法へ
新国文法
語学の立場から
文法のもひとつ奧
文法のも一つ手前
大東亜新秩序の建設と新国語学
東語と大和詞
敬語
女性語と敬語
時めき給ふありけり
食すの考
歌と敬語
日本語の美しさと日本女性
敬語法上の一つの問題−目的格への敬称について−
上代動詞敬語法考
万葉集の敬語について
商売と敬語
これからの敬語
将棋随筆
収集した情報をどう生かすか
創造のための思考法
新言語学
言語学原論を読む
言語と民衆
民衆の言語
四つを数えるまで
将来の言語活動
我観「音韻論」
言語及び言語学
禽獣のコトバと人間のコトバとの境
言霊をめぐりて
国語と民間伝承

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