化学工業篇
ウィルレム・ユセレンクスの眼に映じたる東印度貿易
カロンの翻訳した武鑑の復原
文化史上に於ける佛蘭西東洋政策の環境
インドに於けるイギリス直接支配成立の歴史的内容
欧米諸国の極東進出と幕末に於ける我が貿易の趨勢
欧米諸国を対象とする進取経略論の発展
岩倉全権大使の米欧回覧
露国の東亜政策と列強
義和拳匪乱と日露
所謂「江東六十四屯」の問題について
第一回日英同盟の成立とドイツ帝国
大戦前に於ける日独関係の一側面
米国の東洋政策
日土條約締結史上の問題
東西交渉史上に於ける科学の状態
東西交渉史上に於ける現代日本
歴史思想の日本的性格
歴史思想の東洋的性格
歴史思想の西洋的性格
歴史哲学に於ける伝統の問題
歴史哲学に於ける国家の問題
歴史哲学に於ける民族の問題
歴史哲学に於ける文化の問題
古代日本人の歴史思想
皇朝時代の文学に現はれたる歴史思想
稲・麦の起源
中世仏教徒の歴史思想
中世神道家の歴史思想
富山県の歴史
山東省黄石崖及び玉函山の石窟に就いて
史学に於けるraison d'Etat の本質
楽浪封泥続攷
支那西陲出土の契
日清媾和の序曲
新羅六部考
朝鮮発見の明刀銭と其遺惜
新羅上古世系考
清朝文化東漸史上に於ける李月汀と金阮堂
三階某禅師行状始末に就いて
渤海東京考
宋代水利田の一特異相
ベルギー国中立制定の史的考察(1830−39)
姓氏解説
麗末鮮初に於ける対明関係
東西交渉史論上より観たる遊牧民族
波斯戦役の性格
「エリュトラ海案内記」に見えたる紀元一世紀の南海貿易
禺の玉と江漢の珠
正倉院御物を通して観たる東西文化の交渉
ザンジュ考
印度支那の建国説話
東西交渉史上に於ける十字軍の意義
元代の東西交通
東西交渉史上の香料
我が史上より見たる戦国時代東西交渉史
舞台裏
ポルトガル交通が我国に及ぼしたる影響
南洋に於ける日欧関係の推移
近世初期に於ける主要なる輸入物資について
機織篇
如意輪観音の原名について
サウラーシュトラ人の初経式と初経歌
インドの推論式
ハーラ「七百詩華集」抄-百詩篇第3より-
バーマハに引用される「ニャーサ」の著者について
無量寿経の偈頌について
「中論」における四句分別の論理構造
祇園精舎の門をめぐりて
言語理論に見られるミーマーンサー学派と仏教部派の関係(覚書)
ラーマ物語と桃太郎童話
バーサルヴァジュニャが伝えるニャーヤ・スートラ 1・1・26-31の解釈
世界創造説とマヌ・スムリティ-第1章の意義について-
六十三年の交友
テヘランの頃
足利先生と私
足利さんと私
通人
同志社大学時代の想い出
想い出
太宰春台の「修刪阿弥陀経」
道心に食あり-若き日の足利先生
お前は誰だ
足利君と僕達
高昌麹氏王統考
日蘭文化交渉に於ける人的要素
1870-80年代におけるエスファハーンの工業
ミトラス教とオリエント
ペルシア語作文のために
古代エジプト形成期の一側面
チャガタイ=ハン国の成立
クーヘ・ホセイン南ろくの一浮彫人物像
イッシク・クルガン
ペルシア詩人ルーダキーについて
ストゥーパ方形基台の由来
旧約詩文の対句について
軍事イクターの新しさ
共命鳥についての一考察
1930年エジプト関税改革とイギリス
伝ケルマン出土、パルティア期の?ャ具について

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