親鸞一人がため
善悪のふたつ総じてもって存知せざるなり
一室の行者
菜根譚
石山戦争と東西の分立
初期真宗教団の教化
歎異抄の時代
覚如の教学
存覚の教学
了源の教学
蓮如の教学
真慧の教学
宗学の興隆
異議・三業惑乱
近代の学としての真宗教学のあゆみ
真宗教学の現況
親鸞聖人の遺弟
大谷廟堂の留守職と覚如上人
観音菩薩の夢のこと
「あの御影の一幅」のこと
三部経千部読誦のこと
卒都婆建立のこと
よみじ小袖のこと
「ことしは八十七やらん」の便りのこと
『歎異抄』とはなにか
『歎異抄』にはなにが説かれているか
『歎異抄』の時代とその成立
『歎異抄』はいかに説かれているか
はじめのことば
聖人のことばと異義の批判 『歎異抄』第1条
聖人のことばと異義の批判 『歎異抄』第2条
『納棺夫日記』を読む
聖人のことばと異義の批判 『歎異抄』第3条
聖人のことばと異義の批判 『歎異抄』第4条
聖人のことばと異義の批判 『歎異抄』第5条
聖人のことばと異義の批判 『歎異抄』第6条
聖人のことばと異義の批判 『歎異抄』第7条
聖人のことばと異義の批判 『歎異抄』第8条
聖人のことばと異義の批判 『歎異抄』第9条
聖人のことばと異義の批判 『歎異抄』第10条
聖人のことばと異義の批判 『歎異抄』第11条
聖人のことばと異義の批判 『歎異抄』第12条
聖人のことばと異義の批判 『歎異抄』第13条
小慈小悲もなき身にて
蛇蝎奸詐のこころにて
五濁増のしるしには
かなしきかなや道俗の
僧ぞ法師のその御名は
五悪邪悪のしるしには
罪業もとよりかたちなし
末法悪世のかなしみは
善光寺如来和讃
自然法爾のこと
「よしあしの文字をも」の和讃
よしあしの文字をもしらぬひとはみな
是非しらず邪正もわかぬ
父母恩重経講話
皇太子聖徳奉讃 七十五首和讃
正像末和讃について
釈迦如来かくれましまして
末法五濁の有情の
数万歳の有情も
無明煩悩しげくして
有情の邪見熾盛にて
九十五種世をけがす
五濁の時機いたりては
正法の時機とおもえども
恵信尼公の手紙
下人の譲状のこと
「こぞの十二月一日の御ふみ」のこと
殿(親鸞)のご往生のこと
調熟の光明に育てられて
弥陀大悲の誓願を
聖道門のひとはみな
釈迦の教法ましませど
三朝浄土の大師等
他力の信心うるひとを
如来大悲の恩徳は
不了仏智のしるしには
仏智の不思議をうたがいて
信心のひとにおとらじと
自力諸善のひとはみな
本願疑惑のの行者には
如来の諸智を疑惑して
仏智を疑惑するゆえに
仏智うたがうつみふかし
皇太子聖徳奉讃
仏智不思議の誓願を
救世観音大菩薩
聖徳皇のあわれみて
大慈救世聖徳皇
久遠劫よりこの世まで
和国の教主聖徳皇
聖徳皇のおあわれみに
愚禿悲歎述懐
浄土真宗に帰すれども
外儀のすがたはひとごとに
無慚無愧のこの身にて
真実の親に抱きとられるまで
五濁悪世の衆生の
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